広場恐怖(2)=パニック障害やPTSD
=同じ発作を経験するのに一部のみが広場恐怖に
パニック障害(PD)や外傷後ストレス障害(PTSD)には、予期不安と広場恐怖を伴うことが多い。今回は、広場恐怖の脳神経の作用と、治療方針について、考える。
「PTSDでは、心的外傷に対する恐怖条件付けの過剰形成と消去不全があり、それは扁桃体などの下位構造の過剰賦活を、上位構造であるACCを含む内側前頭皮質が十分制御できないとする仮説が提唱されている。」(1296頁、注1)(ACC=前部帯状回)
PTSDとパニック障害は違う症状もあるが、予期不安や広場恐怖は類似している。PTSDについての研究があるので、それをみてみる。
「恐怖条件付け」は、こうである。
「PTSDの病態は、しばしば恐怖条件付けのメカ二ズムから説明される。たとえばラットなどの実験動物はfoot-shock(電気ショック)を与えられると体を硬直させ動きの止まるフリージング反応を引きおこす。実験動物にfoot-shockのような不快刺激(無条件刺激)と音や光などの中立刺激(条件刺激)を同時に与えることを繰り返すと、その動物は条件刺激だけを与えても、あたかもfoot-shockを受けたかのようにフリージング反応を生じる。これが恐怖条件付けである。」(688頁、注2)
ヒトのPTSDでは、実際の恐怖体験そのものではないが類似の感覚や感情や身体反応などの刺激によって扁桃体が激しく興奮するのだろう。
条件づけられた刺激ー反応の関係づけを解消する「消去」はこうである。
「しかしいったん恐怖条件付けが成立しても、次に無条件刺激を伴わない条件刺激のみを繰り返すと恐怖条件付け反応としてのフリージング反応は消退する。これが消去の過程である。」(688頁、注2)
脅威が去ったのに恐怖を再現するのは「消去の失敗」とみられる。
「条件付けられた恐怖反応は、通常は実際の脅威が去れば消去の過程をたどるのであるが、それが回復せず持続する点は、回復過程での「消去の失敗」として捉える考えもなされている。」(688頁、注2)
PTSDの治療法として認知行動療法の曝露療法が効果がある。回避しているものに、弱い程度から近づいていく方法で慣れさせる。
「また、PTSDの治療法として有効性を実証されている認知行動療法としての曝露療法では、心的外傷体験を想起させたり回避している事物に曝露させることを繰り返す。これは強度を弱めた形の刺激を反復することで馴化をうながし過剰な反応の消去を図ることに他ならない。」(689頁、注2)
だが、内的な経験で誘発する発作が頻発する間は曝露法では治療がむつかしいようで、パニック障害の場合にながびくことがある。
前頭前野と恐怖の消去
ここでは、省略するが、多くの研究によって、PTSDの場合、発作の時に扁桃体が活性化し、前頭前野が低い活性度を示す。「しかしながら内側前頭前野と扁桃体のどちらの機能異常がより一次的であるのかは引き続き検討が必要である」(689頁、注2)とするものの、どちらかというと、前頭前野の機能不全(制御が不十分)のようである。
「PTSD患者を対象とした脳画像研究の結果では内側前頭前野と扁桃体は一方の活性が高いと他方の活性が低いという相反関係にあることが示唆された。動物実験の結果では内側前頭前野は恐怖の消去に関わることが明らかにされている。したがってPTSDの病態を消去の失敗と捉えるならば、内側前頭前野の機能不全が一次的原因となっている可能性がある。」(690頁、注2)
パニック障害の広場恐怖も同様であろう。前頭前野の機能不全、すなわち、抑制機能の活性度が低いのであれば、そこを活性化させることが治療方針となる。薬物療法でそれがうまく効かない場合でも、マインドフルネス心理療法で行う「注意集中の訓練」「無評価で観察受容して非機能的行動に連合させることの解消」を行なうトレーニングは、前頭前野の機能を向上させることになっていることで、改善効果があるものと期待される。
扁桃体を前頭前野が制御
前頭前野、扁桃体のこのような関係から、パニック障害やPTSDの広場恐怖(多くの場所を回避する)は、次のような、関係が推測される。(「帯状回」も、エピソード記憶、情動に関与しているらしいが、省略する)
扁桃体は、恐怖・怒り・悲しみ等の否定的な感情の認知に関与している(46頁、注3)。
前頭前野が十分制御していれば、扁桃体の異常な亢進を起こさないかもしれない?
↓
↓
↓
↓
◆場所や言葉を思考
→
(◇扁桃体が亢進)
→
◆過去の発作の記憶がよみがえる
◆破局的認知と結びつけ
→
(◇さらに扁桃体が亢進)
→
◆回避(広場恐怖)が起きる
↓
(◇自律神経が異常に亢進?)
◆発作が起きる
別の記事で、前頭前野の制御が不十分で、自律神経の異常な亢進によって、パニック発作が起きるらしいということをみたが、その時に、強い感情によって、誘発する場合は、扁桃体の亢進が介在していることを示唆している。(感情的なことがなくても、パニック発作は起こることがある。就寝中でも体内環境が変化して刺激が責任部位に伝えられて発作が起きるのだろう。)
以上のような機能や脳の部位の関係から、パニック障害が長引き、完治しないのを治療するには、全般的に感情的になることを少なくすること、不快事象を受容し関係づけ(意識上と意識下)をやめる訓練をすること、前頭前野の制御機能を活性化することなどに焦点をあてることになる。
(注)
(注1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23 No.1(特集「大脳辺縁系」)、「自律神経機能」埼玉医科大学短期大学・田村直俊氏、埼玉医科大学島津邦男氏。
(注2)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23 No.6(特集「前頭前野をめぐって」)、「外傷後ストレス障害(PTSD)と前頭前野」東京都精神医学総合研究所。
(注3)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23 No.1(特集「大脳辺縁系」)、「大脳辺縁系のイメージング」東京大学・磯尾綾子氏ほか。扁桃体は、さらに、道徳感情にも関与している。