パニック障害の心理療法
=自己洞察瞑想療法
パニック障害(PD)についての、脳神経科学の研究から、わかってきたことはおよそ、次のとおりである。
こういう知見に基づいて、パニック障害の心理療法を行う。
治療方針と治療法
以下、パニック障害だけのクライアントの治療法である。うつ病が併発している場合、他の治療法を行う。まず、うつ病を軽快させないと、パニック障害の治療がうまくいかない。
(A)パニック障害
パニック障害には、自律神経(特に交感神経)の過剰な亢進とみられる症状がいっせいにおしよせる。激しい動悸、心悸亢進、心拍数の増加、発汗、身震いまたは震え、息切れ感または息苦しさ、窒息感、嘔気など。
<治療法>
これは、意識下で起きている亢進であるから、心理療法では、直接、介入することはできない。以下の認知の修正(これは認知的技法)、ほかに、自己洞察法独自の、連合の解消法、実行制御的洞察法、価値志向的洞察法などを行うことによって、自律神経の異常な亢進を誘発しないようにする。
(B)パニック障害の再発
パニック障害は、薬物療法だけでは、ある程度症状が軽くなっても、2、3割は、治らないし、4、5割は、症状が残っている人がいる。予期不安、広場恐怖などが残るが、何か脆弱性が潜在化していることが推測される。
<治療法>
脆弱性の潜在を推測して、それの改善をめざして、(D)以下の心理療法を行う。
(C)自律神経ストーム
自律神経ストームという症候群があるが、パニック発作と似た症状が多い。自律神経ストームは、交感神経機能亢進が顕在化して存在しており、何かの刺激で、自律神経が異常な亢進を起こすものであると推測される。自律神経は、上位の大脳辺縁系、橋、延髄などの連絡を受けていて、上位の機能亢進または低活性によって、自律神経ストームが起きることが推測されている。それら、上位の機能は、感情、思考(認知、特に予期不安、破局的な広場恐怖との結合)と関連が深い領域である。
<治療法>
パニック障害も、自律神経ストームが起きることが推測されている。ここは、認知療法で、直接介入はできない。上位の機能である、意識で改善できる感覚、感情、思考(認知、特に予期不安、破局的な広場恐怖との結合)、それらの連合(結合、関連づけ)を解消することを、(D)以下の自己洞察法の実践(認知療法的技法ではなく、マインドフルネス、アクセプタンスの技法で)によって改善しようとする。
(D)
PAG(中脳水道周辺灰白質)の亢進
疲労する運動後とか、就寝中にも、発作が起きることがあるので、パニック発作は、心理的
な問題ばかりではなくて、脳部位のいずれかに障害(亢進または機能低下)がある可能性があ
る。PAGが責任部位ではないかと推測される。こうして、前頭前野の機能低下、PAGの機能亢進
によって、パニック発作が起きて、前頭前野の抑制機能が弱くて、発作を持続させ、パニック
障害に発展していた可能性がある。
。
<治療法>
神経生理学的には、PAGにも前頭前野やセロトニン神経からの抑制があるようである。心理的にも、実の発作ではない身体反応を発作と誤解する思考が、扁桃体を興奮させて、PAGを発火させるプロセスが推測されるので、意識的な前頭前野の抑制機能と無意識的なセロトニン神経の抑制機能を向上させるような治療技法を用いる。
(E)予期不安
パニック発作を経験した人のすべてが、予期不安、広場恐怖に発展するわけではない。それに発展する人には、何かの機能亢進か低活性化が起きている可能性がある。まず、予期不安は、認知(思考)、情動が関連しているのだが、前頭前野の低活性化が起きているようである。前頭前野の制御機能が十分ではないために、予期不安の思考、不安の感情が起きやすい。これが予期不安である。予期不安の中で、大きなストレスが加わると、思考、感情の興奮を抑制できずに、自律神経(交感神経)を異常に亢進させて、発作が起きてしまうと推測される。
<治療法>
呼吸法や「感覚傾注法」などを毎日訓練する。注意が、身体反応、思考一般、感情一般に向かいやすい傾向を変える。こうした、全般的に、注意が、自分の身体反応、精神反応に向かう傾向を変えて、外部の仕事などに向かう心を向上させる。こうした訓練を重ねることによって、身体反応、予期不安の思考、予期不安の感情との関係づけの解消(連合解消)を実現する。
こうした意識上で、制御できる部分で、実践を継続することによって、感情がひどく興奮する機会が少なくなることによって、意識下の扁桃体の異常な亢進、自律神経の異常な亢進が起きる回数が少なくなることが実現する。
(F)広場恐怖(1)
次に広場恐怖であるが、PTSDと比べて破局的な出来事(生命の危険は実際にはない)ではないのに、広場恐怖が起きる。広場恐怖を起こさない人と比べて、何かの変調があるようである。前頭前野からのトップダウン制御の不全があると、広場恐怖が重症化するのかもしれない。
<治療法>
- まず、認知的技法を用いる。PTSDと比べて事件、事故に巻き込まれるような破局的な出来事(生命の危険は実際にはない)ではないことを、理解してもらう。
- それでも、不安が去らないだろうから、自己洞察法を指導する。「動的リラクセーション」を指導して、前兆を感じたら、これを行うように、指導する。危機を感じた時に、「ゆっくり呼吸法」などを行う。そうすると、副交感神経優位となり、扁桃体、交感神経の異常な亢進を誘発せず、ひどい発作にならない可能性がある。これを会得しておくと、予期不安も、広場恐怖も軽くなる。
次に、何が起きても、絶対的に受けいれる訓練を行う。アクセプタンスである。何もしないで、自分の心に起きる現象を、評価せず、何も自分の力での努力(回避、まぎらし、など)をせず、冷静に、そのまま受け容れる訓練をする。
(G)広場恐怖(2)
広場恐怖は、心的外傷(パニック障害では、発作経験の恐怖)に対する恐怖条件付けの過剰形成と消去不全があり、それは扁桃体などの下位構造の過剰賦活を、上位構造である前頭前野が十分制御できないとする仮説が提唱されている。PTSDやパニック障害の治療法として認知行動療法としての曝露療法があるが、あえて、心的外傷体験を想起させたり、回避している事物に曝露させることを繰り返すことで、治る患者がいることで、上記の仮説は妥当なように思われる。前頭前野の制御が不十分で、扁桃体の興奮を制御することが十分できずに、不安・恐怖が起きやすいのが、広場恐怖のメカ二ズムのようである。扁桃体の興奮は、広場恐怖のみならず、パニック発作の発現にも関係しているようである。
<治療法>
曝露療法をすぐ行うことはしない。本人の、自己洞察法の実践が長く実践されていると、あえて、曝露療法を行わなくても、「ちょっと勇気がいりましたが、やってみたら、大丈夫でした。」ということになる。
前頭前野の機能の低活性化があるので、注意制御の訓練によって、前頭前野が活性化することをめざす。別の記事で、述べたように、前頭前野は注意の機能を持つが、自己洞察法のいくつかの技法は、注意機能を向上させる。このことによって、前頭前野の活性化が期待される。呼吸を数える技法もあるが、これによっても、前頭前野が活性化することがわかっている。
再発防止
以上のような重層的な技法を毎日、実践することによって、前頭前野が活性化して制御能力が強まり、扁桃体、交感神経の異常な亢進を抑制することが実現していく。発作が起きず、予期不安が軽くなり、広場恐怖は解消」する。
こうした抑制のきいた状況が、何年間か、持続すれば、潜在化した扁桃体と自律神経の亢進状況が、消失するのかどうかは、まだ、わかっていない。長期間の追跡調査が必要である。
こうして、発作が起きなくなり、予期不安も広場恐怖も消失しても、まだ油断しないほうがよい。こうした、自己洞察法を実践していれば、相当のストレスでも、ふりまわされない集中力、制御能力が向上しているから、再発は少ない。しかし、人生上には、非常に大きな出来事がありうる。そうした時にも、ひどく感情的にならずに、切り抜けていくためにも、自己洞察法の実践は継続すべきである(面接は不要、自分で会得している)。そうして、再発防止の効果があるので、次のような、手法を学んでおけばよい。
- 統合洞察法=現在の瞬間の要素(部分)への注意を向けつつ、部分にとらわれて、全体を見失わず、価値実現の途上にある自己を洞察している能力。行動中は行動のモニタリングが含まれる。
- 機能分析法=前後のプロセスを洞察し、推測できる能力。連合解消の基礎となる。「動的機能分析法」の場合、全体、部分の前後を瞬間、瞬間に分析。ストレスのある出来事があっても、早い段階で、深刻にならずに、きりぬける。
- 価値保持法=長期、中期、短期の価値・願いを瞬間瞬間に記憶から取り出し、照合できるように明確な価値を保持している能力。うつ病やパニック障害になる人は、自分をしばって、かえって、心の病気を発症させるような「固定観念」を持っていることがあるから、それとは違う「価値、願い」を検討しておくのがよい。「学校、仕事を絶対やめない、休まない」というのは、「価値・願い」ではない。うつ病を深め、自殺においこむような「学校、仕事は絶対やめない、休まない」というのは、必ずしも、心の病気や自殺を予防する「価値、願い」ではない。
- 価値確認法=長期、中期、短期、極短期の価値・願いを瞬間瞬間に記憶から取り出し、照合する能力。価値発見、価値保持、価値取り出し、価値照合、価値からの監視(モニタリング)などに区別される。
うつ病が併存している場合や、うつ病だけの場合の、カウンセリングは異なる。