パニック障害・最近の研究動向
=パニック障害が認知行動療法により改善する仕組み
パニック障害(PD)についての、最近の研究成果をみています。前の記事の続きです。
熊野氏のCBT(認知行動療法)の効果についての研究のかなめは、次のとおりである。
パニック障害の患者に認知行動療法(CBT)を行なったところ改善したが、その機序は、次のことが推測される。(引用文中「図4」とあるが、それは掲載しない)
「以上の結果を、図1の Gorman らの神経解剖学的仮説に重ねて描いたのが図4である。治療によって、病的に活動が強まっていた可能性のある右海馬、左腹側前帯状回、橋、そして小脳の糖代謝が低下するとともに、治療前には異常が必ずしもはっきりしなかった両側内背側前頭前野の糖代謝の増加が認められた。この変化は、上記仮説における「大脳皮質などの高次中枢に適応的な変化が起こる」ことに相当していると考えられる。
さらに、左の内背側前頭前野の糖代謝の増加率とPDSSによる予期不安・広場恐怖の低下率に有意な相関が認められたことからは、図4に示したように、CBTによって内背側前頭前野の機能が適応的に強化され、それが海馬の過剰な活動を抑制し、予期不安とともに広場恐怖を改善した可能性が考えられる。」(1)
「その一方で、発作頻度とPAG周辺の糖代謝の変化率に正の相関が認められたことは、PAGが自発性の発作に関連を持つとするCoplanらのモデルに一致するものであり、このことに関連して、内背側前頭前野からPAGに抑制性の投射があることは一考に価する。」(2)
パニック障害は、薬物療法によらずに、CBTで、改善するのであるが、その機序が判明してきた。図の赤い矢印がその効果であると推測される。
CBTを受けた患者は、次の変化が起きて、症状が改善される。< >は、大田の推測。
- 前頭前野が活性化する(↑)=<抑制力の向上>
- 前帯状回の亢進が低下する(↓)=<帯状回の最近の研究でみたように、帯状回情動領域の亢進低下と推測される。なお、帯状回認知領域は活性化(↑)すると推測される。>
- 海馬の亢進の低下(↓)により、扁桃体への刺激低下(↓)=<前頭前野の抑制の効果によって、過去の恐怖体験への記憶照合が減少する効果と推測される。>
このことは、前に述べたように、次のことを意味するだろう。
パニック障害は、認知行動療法(CBT)で改善するが、患者は、治療前に左内背側前頭前野の活動が低下している(注)が、CBTの治療によって、この部位の活動が高まる=不安感情の抑制や過去の経験にむすびつける予期不安思考(前触れ反応→過去の危機想起→近未来の危機予測)の抑制機能の向の効果によるだろう。
(注)<なぜ、低下するのか。おそらく、最初の発症の直前に、運動しない生活、不規則な生活習慣、ストレスの持続、疲労の持続が、ストレスホルモンの分泌などで前頭前野の機能低下を引き起こすと推測される。>
また、パニック発作は、PAG(中脳水道周辺灰白質)が強く関係していることが指摘されているが、認知行動療法の治療を行なうと、この部位の亢進が低下し発作の頻度が少なくなるのである。それは、どういう機序であろうか。前頭前野の抑制機能が直接PAGへの投射によるものか、扁桃体の感情活動が低下したことを通じて、PAGの亢進が減少するのか現時点では明確ではない。
とにかく、パニック障害の患者は、前頭前野の機能が低下しており、扁桃体、PAGが亢進している。認知行動療法を行なうと、前頭前野が活性化して、症状が改善することがわかった。
さらに、課題は、改善するにしても、どの程度までの改善か、軽減か完治か。また、認知行動療法のうちでも、どのような技法が特に効果が高いかの研究が必要となる。私は、呼吸法を多用する自己洞察瞑想療法=マインドフルネス心理療法が、パニック障害の治療に特に、効果が高いと考えて、治療を続けている。
中脳が、パニック発作の責任部位と推測されてきているが、覚醒時の意識(前頭前野)によって、この部位を抑制するとは、まだ、明確になっていない。パニック発作は、就寝中にも、起きることがあるが、それが、CBT(自己洞察瞑想療法もこの一つ)によって、発作が起きなくなるのは、無意識レベルでも何か、中脳への抑制力が向上したと推測される。縫線核セロトニン神経ではないか。縫線核セロトニン神経から、中脳へも投射があるのではないか(この指摘ある論文をみたことがない。もし、ご存知の方があれば、ご教示願いたい)
自己洞察瞑想療法は、呼吸法を多様することにより、前頭前野、海馬、帯状回、縫線核セロトニン神経、扁桃体に変化をもたらすと推測される。パニック障害の患者も種々の症状の程度があって、違う様相を示す患者があれば、治療法を改良しており、その治療法の詳細は、少しづつ向上されていくと思っている。
- (1)「画像研究・神経解剖学的仮説」熊野宏昭(「パニック障害」最新医学社、竹内龍雄編集)84頁。
- (2)同上、85頁。