強迫性障害
手洗い、掃除、長い入浴、スイッチを切ったか、ガス栓を閉めたか、鍵を閉めたか、宗教的なおまじない行為を、何度も確認する行為を繰り返す。そのために、たとえば、外出しようとする時や職場で、時間を浪費(一日1時間以上)して、仕事、学業、社会的活動、他者との人間関係を障害する。このような強迫性障害がある。
また、強迫行動が、長期化して、儀式化していて、浪費時間は、一日1時間以内になっていても、仕事の種類、社会生活が著しく制限されていれば、完治しているわけでもない。
強迫性障害
- 強迫観念が反復的、持続的に現れる。
- 強迫観念を消すために、強迫行為を行う。
- 無理やりにこの行動を中止すると、強烈な不安が表面に現れる。
- 強迫行為が、生活上の支障となることが多い。周囲の者を巻きこんで問題が生じる。
強迫性障害の症状
- 強迫観念
- 反復的で持続的な思考あるいはイメージである。
- 本人は、その考えなどが不合理であると判断できても繰り返し現れ、強い不安や苦痛をもたらす。
- その考えが浮かんでくる理由がわからない。
- 強迫思考を打ち消してほかのことを考えようとするが、強迫思考がまさってしまうことが多い。
- 強迫観念の例
- 汚染
- 自分の体が汚い。
- ばい菌が身体に入り、汚れた。糞便、尿などで汚れた。
- 夫が汚いものを家に持ってくる。
- 病的疑惑。
- 他人を傷つけたり殺したりするのではないか。
- 他人を傷つけたのではないか。
- 自分がしたことが完全だったかどうか絶えず疑いが生じる。
- 対称性や正確性への欲求。
- せんさく癖=ささいなことでも理由を知りたがり、確かめないと気がすまない気がする。
- 計算癖=敷石、電柱、階段など目についたものの数が気になる。
- 強迫行為
- 強迫行為は、強迫思考による苦痛を予防、緩和しようという目的、あるいは、恐ろしい出来事や状況を避けることを目的とする反復的行為である。
- 強迫観念が繰り返し出現し、強迫行為を行わなくてはならないという衝動が現れ、強迫行為を始める。
- 強迫行為には、「決まり」「規則」があることが多く、繰り返す回数、手順などが忠実に実行される。
- 強迫行為が、生活上の支障となることが多い。周囲の者を巻きこんで問題が生じる。
- 強迫行為の例
- 反復行動=手洗い、掃除、長い入浴。
- 心の中の反復行為=祈る、数を数える、声を出さずに言葉を繰り返す。
- せんさく癖=ささいなことでも理由を知りたがり、確かめないと気がすまず、しつこくせんさくする、ときには質問する。
- 確認行為=
自分がしたことが完全だったかどうか絶えず疑いが生じて、何度も確認する。
スイッチを切ったか、ガス栓を閉めたか、鍵を閉めたか。、
- 計算癖=敷石、電柱、階段など目についたものの数が気になって、数えずにはいられない。
- 他人への強要に発展=(例)夫に外から帰ったら、まず入浴しないと家の中を歩かないように要求。
- 買いだめ。
- 宗教者から実行するように言われた宗教がかった実践、おまじない。
強迫性障害の病因
病因として、3つの説明がある。強迫神経症として取り上げられていた時期には、社会心理的要因が中心であったが、しだいに多くの要因がからみあった病態であると考えられるようになった(1)。
- 生物学的要因
脳内のセロトニンの調節障害による。この説は、抗うつ薬による薬物療法がきくことから、有力である(1)。さらに、ドーパミン神経が関係するという研究もある(2)。
また、辺縁系の「帯状回」が通常の刺激がなくても興奮するせいであるという研究もある(3)。
- 行動学的要因
不安を引き起すような思考などを打ち消すために強迫行為を行うという見方が一般的である。すなわち、強迫観念に対する個体の対処行動が強迫行為であるとみられる。(1)
従って無理に強迫行為を中止させようとするのは不合理であることもある。
- 社会心理的要因(1)
- 個人がもつ不安を解消させるための防衛機制が病的に肥大した場合に強迫神経症としての症状を形成するという仮説(フロイト)
- 強迫性障害に優勢な防衛機制は、隔離、打消し、および反動形成など。
- 「隔離」は、通常ではある観念に派生して生じる情動が分離され意識化されなくなり、情動をともなわない観念のみを体験する。これが一つの説明である。
- 「打ち消し」は、強迫観念によって予測できる事態を防ぐ、あるいは消失させようとする防衛機制である。
- 「反動形成」は、個人の背景にある衝動とまったく反対の行動様式をとるという防衛機制である。
性格傾向
性格傾向も、この障害の形成に影響するとみられている。
- 過度に理想主義でまじめ。形式主義で、けち。あたたかく優しい感情を表現する能力に乏しい。
- 完全主義だが、細部にとらわれて全体を把握する能力に欠ける。規則、秩序、組織、スケジュール、リストなどに縛られる。
- 自己流のやり方を人に押しつける頑固さがあり、柔軟性が乏しい。そのことが人の感情を害することに気づかない。
- 仕事と生産性への過度の献身があり、固執する。そのための苦しみや対人関係の価値を排除してしまう。
- まちがいを恐れるあまり、決断ができない優柔不断さがある。
しかし、強迫性格は、病前性格ではなくて、強迫症状が人格に相互影響しているともいわれる。また、病前性格は必ずしも強迫性格とはいえないとも考えられるようになっている(5)。
環境や身体の変化や心理的葛藤
強迫性障害はさまざまな要因が複雑に関係して生じる疾患であると考えられている。そして生物学的研究により、多かれ少なかれ身体的基盤の脆弱性があるところに、環境や身体の変化や心理的葛藤をきっかけとして、発症することも多いと報告されている。
「心因として、強迫性格などの性格因に、環境の変化、精神的過労、心理的葛藤、社会文化的要因などがはたらき、身体因として、身体疾患、身体的過労、妊娠、出産、月経や、思春期、更年期、老年期などの年齢的発達過程に関連した体内環境の変化などが加わった場合に、普段は代償されていた体質的脆弱性が進行、固定して、OCD(強迫性障害)の症状が出現すると考えられる。」(6)
強迫性障害の治療
- 薬物療法
セロトニン神経に作用する、選択的セロトニン取り込み阻害薬(SSRI)が効果がある。ただし、半数は功果がない(4)。また、患者が薬物療法に懐疑的になることが多い。
- 精神療法
薬物療法に加えて、精神療法を行うことによって、治癒率が高まっている。行動療法、認知行動療法、森田療法などが効果をあげている(4)。
- 難治性
薬物療法と認知行動療法を施しても、30−40%は、十分な反応をしない。難治性と呼ばれる。そういう難治性の障害に対しても、種々の治療が試みられている(2)。
- 強迫性障害についてのホームぺージが開設されている
九州大学大学院医学研究院
http://www02.so-net.ne.jp/~np-sybt/
セロトニン神経が感情、衝動を抑制できなくなって
運動をしなくなった社会環境によって、セロトニン神経が弱って、感情、衝動を抑制する力が弱くなっていることも、強迫性障害の背景にあるであろう。
東邦大学医学部の研究によって、坐禅や腹式呼吸法がセロトニン神経を活性化させ、うつ、怒り、不安などの感情を抑制する力、ストレスに対処する力ができるという(7)。セロトニン神経は、不安、衝動の抑制に関与しており、セロトニン神経を活性化させる坐禅などが、強迫性障害にも奏効する可能性がある。
(注)- (1)荒井稔・りさ「強迫性障害」(『こころの科学』76号、日本評論社)
- (2)住谷さつき・大森哲郎「難治性強迫性障害」(『こころの科学』104号、日本評論社)、49頁。
- (3)高橋克朗「強迫性障害の生物学的病因仮説」(『こころの科学』104号、日本評論社)、23頁。
- (4)林直樹「強迫性障害に対する精神療法の今日的意義」(『こころの科学』104号、日本評論社)、43頁。
- (5)成田善弘「強迫性障害と強迫性格」(『こころの科学』104号、日本評論社)、88頁。傳田健三「強迫性障害の発症機制」(同34頁)。
- (6)傳田健三「強迫性障害の発症機制」(『こころの科学』104号、日本評論社)、37頁。
- (7)「セロトニン欠乏脳」有田秀穂著、NHK出版、2003/12。
ほかに、ゆっくりとした呼吸が、血中の炭酸ガスの濃度を高めて、セロトニンを分泌するセンサーが体内にあることがわかった。(高田明和浜松医科大学名誉教授「心呼吸」リヨン社)
自己洞察瞑想療法
強迫性障害に対しては、認知行動療法が効果があるように、同様の心の病気の構造のモデルを想定する自己洞察瞑想療法でも、強迫性障害への治療を提供する。
カウンセリングは、この障害にある、固定観念や認知のゆがみを修正すること、思考・感情・衝動などを洞察する力を養うことが焦点となる。特に、不安および回避行動への衝動の生起、消滅の実態を知ること、それを静観できる力、行動への抑制力を作ることである。一部の患者に対して、抗うつ薬がきくように、この障害は、セロトニン神経が関係している。薬物は、セロトニンの再取り込みを防ぐという見かけ上の活性化の効果によるが、腹式呼吸法や自己洞察法による固定観念のゆがみの修正は、見かけ上ではなくて、セロトニン神経全体の活性化をもたらす効果が期待されるからである。
また、前頭前野のワーキングメモリ機能の低下も推測されている。
カウンセラーの指導を受けながら呼吸法や自己洞察法(注意集中法、不要機能抑制法、徹底受容法など)を行いながら、不安や回避への思考・衝動の心を洞察する。カウンセリングおよび、自宅での実践によって、感情や衝動を明確にしたり、心に関する見方を種々学び、固定観念と認知のゆがみを修正する。自己洞察法によって、感情、衝動を自分の心の上で観察し、それを静観したり(暴露法)、抑制したり、心を転じたりする「自己洞察瞑想法の訓練」を行う。カウンセリングがすすんだ段階で、段階的に強迫行為を中止していく手法(反応妨害法、段階的タスク)を行う。確認したくなる観念や、強迫行為を起こしたくなる衝動の心を、できるだけ静観して観念、衝動が消えていくことを心の眼で眺めている(呼吸法や自己洞察法で、それを繰り返し訓練してからであるから、たいていのクライアントが実行できるはずである)。また、依存が起こらないもの(呼吸や、眼の前にある草花、仕事など)に心を転じる。自己洞察法による心の洞察により、前頭前野やセロトニン神経の活性化により、少しづつ高い段階の行動を試みる。
眼の前の草花、仕事などというのは、その時々にあるものであり、わざわざ「特定のもの」を持参するようなことをして、それを取り出してみるということではないから、そのようなことをしないように注意しながら指導する。そうなっては、別の強迫行動に変化したにすぎない。
強迫観念、強迫行為となった宗教
宗教者が精神疾患の知識がなくて不用意にカウンセリングすると、宗教的な行為である「坐禅・祈り・念仏・唱題」や他の宗教行事・実践・おまじないも、強迫行為になりえる。悪質な宗教者、カルト宗教者は、クライアントの強迫性障害を利用して、あわれなクライアントから金銭と労働を貪りとり、隷属させる危険性がある。だから、宗教観念が含まれているクライアントの治療には、心を洞察する「智慧」、認知的介入が十分に考慮されているカウンセリングでないと強迫性障害は治癒しにくいであろう。強迫性障害に無知な宗教者は、信者の熱心さと、強迫性とを混同するおそれがある。それを利用して自己の利益をはかる宗教者がいるであろう。霊のさわりとか、過去世の因縁といって、それを治すのに高額の金銭を要求する者も同様である。自己の貪りを自己洞察し、反省しない未熟な宗教者である。故意に行う、悪質なカルト宗教者もいる。いかがわしい宗教集団に入る人が多くなって社会不安を大きくしないためにも、不安障害の人のカウンセリングを行う社会の仕組みを拡大していくことが、その人にとっても、社会全体にとっても重要なことである。
自己洞察瞑想療法で「心を転じる」というのは、依存、強迫によらないで、自己洞察がすすんで、強迫観念、観念そのものの有り様が十分に理解されて、観念は、思考であり、思考は強迫なしに中止できる、放置すれば消えるということを洞察した上で、強迫によらず、積極的、建設的に、価値あるものに「心を転じる」ということを意味する。
このような理由で、強迫性障害の治療には、ただ坐禅(多くの坐禅会のしかた)させるだけでは十分な効果が期待できない。定期的にカウンセラーとのカウンセリングを行う必要がある。
自己洞察瞑想療法は、呼吸法や自己洞察法(注意集中法、不要機能抑制法、徹底受容法など)という固定観念を修正する自己洞察法、心(不安や回避観念)の生起を静観したり(暴露法)、回避への思考、行動、衝動を静観(反応妨害法、徹底受容法)する心を洞察して、現実にそれができる手法を用いる点で、他のカウンセリングでも治癒しなかったケースが治癒する可能性がある。さらに、自己洞察力の向上により、ストレス全般への対処能力が高まり、他の心の病気(うつ病や心身症など)などへの耐性が強まるであろう。
成功しないことがある
他の障害が並存しているために、基本的な呼吸法などの課題を実行できないクライアントには、特別の呼吸法や注意集中法や認知的手法を試みる。それでも、成功しない場合もある。
強迫性障害(および強迫性パーソナリティ障害)の治療においては、治療者とのカウンセリングの場において、患者が不安を強めることが生じて、そのために患者が治療者に怒りを覚え、時間がたってからも「恨み言」を残す場合がある。そのような、「怒り」も「恨み」も常にあるものではなくて、生起、衰弱、消滅するものであることを、そのカウンセリングの場で、自己洞察するように指導する。そのような自己洞察に失敗するクライアントの場合、クライアントの怒りがやまず、面接に来なくなることがある。これは、治療が成功しない結果となる。こういう結果にならないように、強迫性障害(および強迫性パーソナリティ障害)を治療するカウンセラーには、このような配慮が必要である。
自己洞察瞑想療法は、「不安」ばかりではなくて、怒り・恨み、よくうつ、自己否定、自己嫌悪、他者嫌悪、後悔など、苦悩をもたらす心のすべてを自己洞察することを指導するのであるから、本当に治したいという患者は、治療者への怒り、恨みも、自己洞察するようになり、副作用としての悪感情を捨てて、本来の「不安」に、真剣にとりくむであろう。