第3章
++++++++++
日本でなぜマインドフルネス心理療法が必要か
日本で、うつ病、自殺が多いのは、社会の仕組みの問題(教育、貧困、勤務問題、介護支援不足など)もあるが、うつ病が治らないという医療の問題もありそうである。うつ病になって治療を受けないのは治らないかもしれないが、治療を受けても治らない人、再発する人も多い。
うつ病になると、仕事ができない、対人コミュニケーションができない、意欲がないなどの前頭前野の機能低下により、社会生活を阻害することが多い。重症の場合には、頭が重苦しい「抑うつ気分」があり、特に、抑うつ気分が持続するとか、仕事ができないと、苦痛に耐えられず、自殺のリスクが高くなる。
うつ病を治療するには、薬物療法、心理療法があるが、日本では、薬物療法が主流である。ところが、薬物療法で効果がない人、再発を繰り返す人がいて、治らずに、ひきこもりが長引く人、自殺する人がいる。
治療法の限界と改善への見通しを簡単にみていく。
薬物療法の限界
- 現在の抗うつ薬はセロトニン仮説によって、うつ病はセロトニン神経の低活性によるとする。セロトニンを増加させる作用をするセロトニンの再取り込み阻害薬(SSRI)や、同様の作用をする薬が主流である。
- ところが、うつ病の症状は、セロトニン神経ではなくて、前頭前野、海馬、自律神経、体内時計などの変調を示している。その主な問題領域として、
副腎皮質ホルモンなどの変調があるとされる。セロトニンは間接的に作用しており、患者によって、効果がない人も多い。副作用のために使用できない患者、生活の質がそこなわれている患者もいる。
- 一時、薬で軽くなっても、ストレスを受けて再発も多い。
認知療法の限界
- 薬物療法に限界があり、そこで、アメリカで、薬を使わずに、うつ病を治す心理療法が研究されて、「認知療法」や「対人関係療法」が開発されて、日本でも行なわれるようになった。対人関係療法は、適応がうつ病でも一部にかぎられているから、行なう心理療法者は少ない。
- 認知療法は日本でもかなり普及している。ところが、認知療法では効果がない患者も多いことがアメリカで確認された。日本でも、認知療法を受けても、治らないという患者がいる。アメリカの心理療法者の研究によれば、うつ病が治るのは、認知療法が指摘するような理論(認知を変えるから治る)で治っているのではなくて、自分の精神活動全体を観察できるようになって、全般的に反応パターンが変わるから治るというのである。その理論がズレているせいか、セラピスト(カウンセラー)に言われたように、認知を変える努力をする患者でも、うつ病が治らない人がいる。認知を変えるだけでは、治らないタイプのうつ病がある。
- 40 -
- 脳神経の視点からいうと、認知を変えるだけでは、前頭前野や海馬の変調が修復されないということになる。認知を変えて、さらに、何かが変わることによって、うつ病は治癒するようである。
認知療法という心理療法も、標的がずれており、そのことが、認知療法による治癒率の向上に限界があると認識されるようになった。
認知療法の効果がゼロというのではなくて一定の効果があるが、さらに、治癒効率のすぐれた心理療法の開発が求められ、研究がすすめられた。
マインドフルネス心理療法
- このように、アメリカでは、認知療法よりも治療効率のよい心理療法への要求により、マインドフルネス心理療法が発展した。
- 事情は、日本でも変わらない。うつ病が治らず、社会復帰できない学生、社会人が多いこと、自殺が多いことから、うつ病の薬物療法、認知療法の治療効率の限界があることは日本でも、同様である。
10年近くも、自殺が3万人を超えて、減少しない状況であるのに、心理療法者の動きは鈍い。うつ病、自殺念慮に治療効率のすぐれた心理療法があると力強く推進するようなパワーを発揮できないでいる。
- そこで、日本も、アメリカと同様に、うつ病、自殺念慮の改善に、マインドフルネス心理療法を普及させることを検討する価値があるのである。
- 認知療法は、大学院の修士課程で教育訓練を受けた心理士によって、提供されることが多いために、治療法を習得するのに、時間と費用がかかる。また、認知療法は、治す理論と治る実際とにズレが指摘されてきた。
- マインドフルネス心理療法の指導者になるには、その技法を習得しなければならないが、アメリカの心理療法者によれば、他の心理療法よりも習得が容易であると観察されている。もちろん、うつ病である人がマインドフルネス心理療法を実践して、3カ月程度で寛解し、さらに継続して治癒しているから、患者にとっても、むつかしい療法ではない。
- ただし、セラピストが、呼吸法のような実践をすることを好きになれるかどうかにかかっている。精緻な分析よりも、単純な実践が重視される。分析を好む心理療法者には歓迎されにくい心理療法であるかもしれない。逆に、ヨーガや体操のような繰り返しの実践を指導することを好む人が習得しやすい心理療法であるように見える。
- しかも、実践が重視される心理療法であるために、グループで実践することが容易で、グループ療法、集団療法で提供するほうが、効果がかえって高いために、費用効率のすぐれた心理療法といえそうである。
以上のような理由から、従来、うつ病や自殺念慮の問題に支援できなかった人でも、マインドフルネス心理療法は習得することができて、全国の地域住民、NPO、組織の中に、マインドフルネス心理療法の推進者を育成することを検討する価値がある。
また、このマインドフルネス心理療法の技法は、呼吸法やリズム運動が中心であるから、ラジオ体操、テレビ体操のように、地域や組織で、毎日、定刻に実践するようにすれば、うつ病の予防、自殺の予防に貢献するだろう。運動が織り込まれているので、運動不足による生活不活発病、生活習慣病、睡眠障害、要介護状態などの予防にも貢献すると思われる。
地域住民、組織のメンバーの指導で、こうした実践が毎日行なわれるようになれば、ストレスによる種々の問題が改善され、予防されることが期待される。
- 41 -