リストカット・ネット心中
「「死ぬ自由」という名の救い
〜ネット心中と精神科医」
種々のつらいことから、リストカット、ネット心中する青少年(特に女性に多い)がいる。その、実情と治し方について書かれた本が出版された。著者、今一生さん、出版社、河出書房新社。
( )は、頁。
治すには、運動がよいという。
自傷行為とは
つらいことがあって行うリストカットはやがては、自殺に発展することもある。繰り返される自傷行為はどういうことがあるか。
- リストカット
- オーバードーズ=「向精神薬の処方量以上の摂取。ODともいう。」(11)
- 「過食・拒食・買い物依存症・共依存・セックス依存症・仕事依存症などの数々の依存症も自傷癖だし、リストカットやオーバードーズも、依存症化することで自傷癖になる。」(150)
- 特に、自分を傷つけることが大きい、好きでもない人と性交渉を繰り返すセックス依存症=「性病の危険を見ない振りする奔放なセックスなどの自傷行為」(115)
なぜ
なぜ、するのか、どうして、そうするようになるのか。
「「傷つける人」も「傷つけられる人」も自分である自傷行為は、複数の人々のさまざまな意見に押しつぶされて自分自身がどうしたいかがわからなくなった(考える主体としての自分を失った)ときに、たとえば手首を切ることで「切りながらも切られている自分」をまるで他人のように外側から見る一時的なトランス(変性意識)の感覚になることで再び自分らしい自分(考える主体としての自分を確認できた状態)を探して戻るチューニングの試み。これは古代から人類が体感的に採用してきた「超自我」の知恵だ。要するに、自傷行為をしたからって、精神科医の言う精神病そのものじゃないのだ。」(115)
「カンタンな言葉で言い換えるなら、自傷行為とは、親や大事な人を心配させない「よい子」であろうとすると自分らしく振る舞えないという状況に疲れ果てたときに、その相手にとっての「よい子」ではいられない自分を罰することと、逆に誰かの「よい子」でいようとするウソツキの自分を罰することの間で揺れながら、心のバランスをなんとか保とうとする自衛の方法なのだ。やじろべえのような自分にツッコミを入れる自分を一時的に実現するのだから、理性の働いているときは「なぜ自分の行為なのに自分でやめられないのか」が自覚できない。」(116)
見放す親、恋人
「ちょっと嫌なことがあるたびに睡眠薬を大量に飲むことが習慣になってしまう。副作用でしみついた体のだるさは生きる気力を萎えさせる。気がつけば、生きていくのも人に関わるのも、全部面倒に思えてくる。
こうなると、そういう人と付き合う周囲の友人も家族もやがて疲れ果て、「もう付き合いきれない。勝手にしろ。僕には関係ない。あんたの不幸は考えたくもない」という態度になりがちだ。実際に、親にも恋人にも友人にも医者にもこの台詞を言い渡されて、・・・・(以下、略)」(118)
治すには
こういうことは、医者の薬では治らない。治すには、親も真正面からとりくめということ。親と伴走するにしろ、自分一人で、克服するにしろ、「からだを動かす」ことがいい、という。
「さんざん医者に対する不平、不満を書いてきたけれど、それによって日本の医療が変わるなんて期待してないし、医療ビジネスの企業まで敵に回して戦うなんてできやしない。医者を心底信用するだけの関係を築けない現状であれば、せめて「カラダ系」の方法で心安らかに生きられることを訴えておきたいだけなんだ。」(183)
「鬱や不眠、対人恐怖といった心の苦しみに対して、「ココロ系」なら精神科医療による脳の機能回復やカウンセリングによる対話で安らげようとする。
一方、「カラダ系」とは、基本的に気持ち良く体力をつけることに専念し、頭を使うことに負担をかけないで苦痛を軽減していく試みだ。」
「あくまでも自分のカラダに合った方法で無理なく快感(気持ち良さ)を覚えていけば、自然と気力がカラダの内側からわいてきて、心地よい眠りに誘われたり、死んだ魚の目をしていたはずの自分が何気ないことで頬がゆるんだりする。」(183)
「生きる自信を養うには、まずカラダの力をつけることだ。自信とは体力のことなのだ。ココロ(精神)の力はその後で勝手に強くなる。これは僕の直感が導き出した仮説であり、ココロ系の友人たちが次々に実証してくれた教訓だ。
ネットやケータイについて、バーチャルだの、非日常だの、依存症だのと高みの見物を決め込んで分析ばかりしているのでは、ココロ系ばかり語る輪の内側で延々と苦しむ日々から解放されないだろう。それは医者も患者も同様だ。」(210)
具体的な方法として、ジムに通う、足裏マッサージ、スーパー銭湯、指圧、バッティングセンター、カラオケ、ラジオ体操、ヨガ(183−4)、空手(209)、文章・絵・音楽などで作品に表現(142)、水泳、花や野菜の栽培(207)、などが紹介されている。
こういうことを自分一人でできないなら、教えてくれるところに通えばいい。あたらしい人間関係を築くこともできる。
行動活性化療法に通じる
これは実際体験による解決を紹介した本である。カラダを動かすことで、苦悩から脱出していくことを心理療法として確立したのは、アメリカで開発された、うつ病についての「行動活性化療法」である。
うつ病には、好きな行動をするというのが効果があるので、私どもも、自己洞察瞑想法のほかに、こうした「好きなことを何でもする」ということを日課とするということをカウンセリング技法の一つとして助言している。こういうことが、苦悩の軽減に効果があることは、脳の生理学(セロトニン神経や前頭前野など)からもうらづけがとれそうである。
こういうことが、うつ病ばかりではなく、自傷行為にも効果があるようだ。好きなことをするということが「リストカット、その他の自傷行為」の解決に効果があがっているというのが、今さんの証言である。
日本の社会問題解決へのヒント?
こういうことを教訓として、地域ぐるみで、うつ病の軽減、自殺防止、リストカット、過食症、依存症などの支援対策をとっていくことができないだろうか。すなわち、こういうことで悩む人を支援するセンターを県に一つ作る。そこでは、地域のNPOやスポーツ、文化系の趣味の会の人が、入れ替わり、立ち代り、体験指導してくれる。NPO、趣味の団体が数多くあるが、そういう団体が、入れ替わり、説明、実演する。そうした中から、悩む人は、一つか、2つ、「私も、それなら、やってみようかな」というものがみつかるかもしれない。また、そういう参加型ばかりではなく、演奏、芸能などを鑑賞する機会もおりこめば、クライアントが感動することもあるだろう。
こういうことは、市単位という小さいところでは、うまくいきそうもない。狭い地域では、プライバシーを気にして集まらない。参加数が少ないからだ。10人前後のクライアントに対して、100の団体に支援をお願いするわけにはいかない。団体も、動かない。
県単位になると、遠くの会場となり、近所の人たちの目、プライバシーを気にしなくて、百人、2百人のクライアント、悩む人、家族が集まるかもしれない。そこに、県内のNPO,趣味・スポーツの団体の支援をお願いすればいい。これを行って、効果を追跡調査して、効果が確認されれば、立派な、臨床心理学になるだろう。アメリカでは、行動活性化療法として確立された。日本でも、多くのクライアントに接する大学の心理学者や精神科研究者がやってくれないだろうか。