萩原流行さん・摩侑美さんご夫妻の”うつ”
=女性のうつ病・NHKテレビより(5)
NHK教育テレビで「女性のうつ病」を、詳しく、放映しました。
女性のうつ病について、予防や治癒のためにヒントとなることがありましたので、いくつか、コメントいたします。
今回は、萩原流行さん・摩侑美さんご夫妻の”うつ”闘病体験です。薬物療法を受けて長くたって、完治はしておられないとおっしゃっていますが、お二人とも、大変軽くなっておられます。
まず、摩侑美さんから”うつ”になった
結婚して30年になる。二人とも、うつ病になって、今も、闘病中であるとのこと。
- 「自殺まで考えた」
- 18歳の時劇団で、知り合い、22歳で、結婚。
- 流行さんの活躍が広がっていくのをみて、専業主婦となって、流行さんをささえる道を選んだ。
2年くらいは快適だった。
- だが、「人のお金で食べさせてもらう」ということに、悩みだした。夫が遅くなっても、必ず、起きていて、食事を出した。
- やがて、種々の「うつ病」の症状があらわれた。まだ、本人は、うつ病とはわからなかった。つらくなっていっても、忙しい夫に、打ち明けられなかった。夫は仕事をしているのに、家事ができない。
自分を責めた。自己嫌悪。摩侑美さんは自殺まで考えた。手首にためらい傷がある。どんどん悪化したので、夫につれていってもらって病院にいった。うつ病と診断された。それを、夫に打ち明けた。
- 夫は、ここまで、奥さんのうつ病には気がつかなかった。夫は、仕事に忙しくて、ほとんで、奥さんをかえりみる余裕がなかった。
- 医者から、「奥さんに対して、いっさい、ノーということは一言もいってはいけません。」と言われた。医者から言われて、努力はしたが、「こっちだって忙しい」という気持ちがあって、完全には、守れない。家に帰りたくなくなってもくる。
ついで、流行さんが”うつ”になった
- 妻が、うつ病になって、3年。体調がおかしくなり、流行さんが「うつ病」になった。これで、奥さんのうつ病への理解がふかまった。
流行さんのうつ病は、よくならなかった。仕事が、忙しかったから。また、役柄から、おちこんだような姿を周囲にみせられず、内面では、つらいのに、表面では、明るくふるまった。なかなか、治らなかった。
- こうして、二人、うつ病との闘病となった。二人の体験から、アドバイスしあった。二人とも、悪い方向へ行かないように、助言しあった。相手をよく、観察していた。
奥さんは、夫に、炊事、洗濯のしかたを教えた。
- ここまで回復したのは、夫の理解。夫婦が理解してくれることが、闘病には、一番大切と、摩侑美さんの述懐。
まだ、お二人とも、完治していないというから、抗うつ薬の服用が継続している。
なぜ、薬物療法では完治しない人がいるのか
薬物療法では、なぜ、完治しないことがおきるのか。一つには、薬物療法は、セロトニン神経の根本改善ではない。薬物療法は、末端のシナプスにおける再取り込み阻害の効果である。セロトニンを合成する縫線核を活性化させない。それは、自己受容体に関係があるのではないか。東邦大学の有田教授が指摘されるように、大きなストレスがかかると、セロトニン神経の自己受容体の数が増加する。薬物療法で軽くなっても、この変化は定着したままである。セロトニン神経の脆弱性は残っている。
さらに、うつ病は、種々の脳領域(前頭前野、自律神経、大脳辺縁系など)が失調している。薬物療法だけでは、回復しない人がいる。特に、流行さんのように、ストレスの強い仕事を継続している場合、ほかのストレス状況が持続する環境を変えることができない場合には、持続する心理的なストレスが、抗うつ薬の効果を減殺するだろう。心理療法を受けて心理的なストレス緩和法を習得しないと、完治しにくいだろう。
では、夫に理解があり、専業主婦の役割を再認識できた(認知も修正された)摩侑美さんのほうが、薬物療法でも完治しないのは、なぜだろう。大きなストレスではなくても、小さなストレス状況が持続する(日常いらだちごと、daily hustles)と、うつ病になる。日常的に、(小さな)ストレス状況が持続すると、うつ病の回復を遅らせるだろう。テレビの視聴者からの声も多かったが、夫の理解がないということで、治らない人が多かったが、そういう夫婦では、ストレスが持続するから、うつ病が、薬物療法だけでは治りにくい。
いったん、うつ病になってしまった人が、完治するためにも、日常いらだちごと、日々の「感情」の処理法、つまりストレス緩和法を身につけないと、治りにくいだろう。残念ながら、日本の医者は、それを指導しない、時間がない。再発が多いのも、そのせいだろう。
うつ病の予防をするためにも、感情の処理が大切である。認知療法では、
「固定観念」→「自動思考」→「感情の悪化」→うつ病の発症、うつ病の持続
の仮説によって、固定観念を修正することで、治そうとする。つまり、考え方を変えようとするので、同じ環境であっても、「感情」が変化することで、薬物療法とは異なる効果で治り、再発もしにくい。そういう長所が認知療法にはある。
だが、認知療法を受けても、治らない人がいる。認知を変えても、低活性化に陥った脳部位はもとどおりには回復しないせいではないだろうか。低活性化した部位は、活性化させる療法を用いるという「リハビリ」のようなことをしないと、回復しない人がいるだろう。
私どもは、呼吸法、注意集中のスキル訓練(アメリカでは、マインドフルネスという)、生活指導を行う。セロトニン神経の自己受容体の変化、前頭前野の活性化の効果、感情の処理(種々の機能と感情との連合解消)による自律神経の安定などの効果により、回復するものと推測される。認知の修正だけではないので、認知療法とは異なる作用があるだろう。
もちろん、この手法でも完治しないクライアントもおられる。なぜなのか、研究を継続したい。呼吸法や、注意・集中法の実行がうまく習得できないせいか、もっと、他の手法を加えるべきか、入院方式で、毎日、指導する方式の試験など、研究する価値があると思う。どちらかというと、うつ病の、薬物療法には、薬物療法がきかない人がいる、副作用がある、再発しやすい(心理ストレスへの対処が何も助言されないからだろう)、という短所があるので、効果的な心理療法の開発が望まれる。設備が不要で、人的な資源だけですむ低コストの療法である。アメリカでは、かなり、すすんでいる。やはり、日本は、制度がじゃましている。自殺が多いのは、心理療法が研究されないからだ。薬物療法は、医者と製薬業界が強力に推進する。一方、心理療法に関連する企業は少ない。心理療法の研究意欲をかきたてる環境もない。医者は、種々の診療科に分業される。同様に、臨床心理士も、種々の領域に分業し、うつ病は、ごく一部にすぎない。おそらく、これだけでは収入が多く見込まれるわけではないので、うつ病の心理療法の研究や治療に時間や資金を投入する研究者やカウンセラーが少ない。日本の特殊事情のために、心理療法の研究が遅れている。
(続)
06年1月28日に、NHK教育テレビで放送。
06年2月25日に、再放送。
ここから得られるうつ病の実態についてコメントしています。