能登半島地震から1か月
=仮設住宅での生活が始まる
25日で、能登半島地震から1か月経過した。石川県は25日、復旧・復興本部を設置した。「本格的な復興に向けて、これからが正念場。被災者のニーズをくみ上げ柔軟に対応する」。
仮設入居239世帯に決定
輪島市では市内四カ所に仮設住宅を建設。輪島市では24日、被災者たちに仮設住宅の入居決定通知を郵送した。今月末には入居が始まる予定。避難所生活から解放され、新たな一歩を踏み出す。
「とりあえず落ち着き先が決まって一安心。避難所ではどうしてもほかの人に気を使ってしまう」と、ほっとした表情を浮かべた。
( 4/25 北陸中日新聞HP )
心の問題
北國新聞HPに被災者が、一時、うつになったという記事があった。
(「遠い避難先より 住み慣れた地元 門前 被災のお年寄り 次々帰郷」= 4月20日 )
- 記者の感想
「自宅が全壊したため、いったん市外の親族宅に身を寄せたものの、慣れない生活に体調を崩すなどして、再び避難所生活に戻りたがるお年寄りたちが目立つ。「帰ってきたら胸がスーッとした」と語る人も。高齢者と故郷との強い結びつきが、あらためて浮かび上がっている。」
- 門前町のIさん(75)は地震直後に金沢市内の長男宅で一週間すごした。(記事は実名だが、ここはIさんとする)
「共働きの長男夫婦は温かく迎えてくれたが、日中、Iさんは自宅に一人きり。右も左も分からない土地で外出もままならず、うつになった。「じーっと缶詰め状態。がっくりと気が落ち込んだ」。
検査が無事に終わると急いで門前へと戻った。自宅は全壊のため門前会館での避難所生活が続くが、まわりはほとんどが顔なじみ。勝手を知っている地元で、岩城さんは心の落ち着きを取り戻し、次第に笑顔が出るようになった。」
「同じ避難所で暮らす幼なじみの女性(69)も地震後、市外の親族宅に移ったが、息苦しさに一晩で音を上げたという。「ここなら『煮物はどうですか』と声をかけたり、遊びに来たり人付き合いがある」。その言葉にIさんもうなずき、続けた。「仮設住宅に入っても門前の人がおれば、うつにならないと思う」。」
- ただし専門家は楽観はしていない。
「市内で勤務する介護支援専門員は「希望通り仮設住宅に入ったとしても住環境が厳しいことに変わりはない。移ろいやすいお年寄りの感情をしっかりと受け止める必要がある」と注意を促す。」
避難所から仮設住宅へ移る。相対的に快適になるから、避難所生活よりは、種々のストレスによる病気は少なくなる。しかし、絶対的には、仮設住宅の生活は厳しい。自宅と異なり、それぞれの個性にあった生活はできない。庭もないか小さいだろうから、庭づくり、野菜づくりの楽しみ、運動が制限される。種々の不便さ、行動不活発から、やはり、うつ病や生活不活発病になりやすいし、また、PTSDも震災後数年持続するのは、過去の震災で経験ずみである。仮設住宅から、自宅再建がすすんだり、高齢、病気により仮設住宅を出ていく人がある。とりのこされる人も出てくる。やがて、仮設住宅でもさびしくなっていく。仮設住宅ですむ人にも、やがて、孤独死、うつが起きる。
でも、他の震災地区の経験から、そういう被害を軽くする対策もとられるだろう。震災後の心のケアは、数年にわたる課題だ。私どもも、現地の方と連携する道をさぐって、マインドフルネス心理療法や心の健康体操などのスキルを移転したい。心の問題は、1回ではすまないから、被災地には、地元の人の中に、こういうことを継続していく人(保健所職員とか住民ボランティアとか)がいるといい。