狭義の「ひきこもり」は病気ではない
精神科医の磯部潮氏(*1)によれば、狭義の「ひきこもり」は、病気ではない(だが、「回避性パ
ーソナリティ障害」「社会恐怖」という診断名がつく場合多いという)。
「現在でも、「ほんとうに自分がしたいことはなにかわからない」と訴えていますが、強い厭世観
や虚無感は訴えなくなっています。現在に至るまで、幻覚や妄想などの統合失調症が疑われる症状の
出現はまったくありません。診断としては、現在精神医学の世界的基準であるアメリカ精神医学会の
DSM-Wという診断基準に拠れば、診断として「回避性人格障害」(診断基準は後述)ということがで
きます。」(24頁)
「U 回避性人格障害
これは、DSM-Wの診断基準では人格障害の下位分類の一つになっています。人格障害は正確には、
精神疾患ではありません。その人の人格の歪みが、本人や周囲の人にとって不利益をもたらしたり、
大きな摩擦を生じさせたりすると人格障害と呼ばれるのです。」(45頁)
「回避性人格障害は「ひきこもり」の人がつけられる可能性のある病名として、最も多いのではな
いかと私は考えています。私が最初にあげたA君がその典型的な症例に該当します。回避性人格障害
は「ひきこもり」の人にしばしばつけられる病名なので、ここでもう一ケース紹介します。」(46
頁)
「日本では以前から、対人恐怖症、赤面恐怖症などと呼ばれているものが、DSM-Wでは、社会恐怖
に該当します。私が想定する「ひきこもり」の人の多くに、この診断名がつきます。」(39頁)
「社会恐怖(社会不安障害)は、多くの「ひきこもり」の人に見られる過度の対人緊張、対人過敏
を認めます。この障害のためにひきこもっているケースは非常に多いため、ここでもう一ケース紹介
します。」(41頁)
ひきこもりは、病気ではないが、しかし「回避性人格障害」「社会恐怖(社会不安障害)」という
診断名がつくこと多いという。その他、「境界性パーソナリティ障害」「自己愛パーソナリティ障害
」「強迫性障害」などの場合もあるという。
もちろん、先生の言葉に傷つけられた、クラスメートに傷つけられた、種々のプレッシャーから、不登校になって、ながびたという、どの障害でもない場合(だが、意欲がない、無気力は、ひきこもりがながびいて、うつ傾向が生じている可能性も捨てきれない)も多いだろう。そういうものや、パーソナリティ障害は(薬物療法を行なうような)「病気ではない」。ひきこもりでは、日
本では、助言しないカウンセリングが用いられるという。話しを気長に傾聴して、変わるのを待つと
いう。
だが、一部には、積極的な心理療法で、解決するケースもあるかもしれない。アメリカの場合、パーソナリティ障害や全般性不安障害、不安障害には、積極的な助言を行
なう心理療法が開発されている(双方に相当の努力が必要であるが)。だから、狭義の「ひきこもり
」に、傾聴だけのカウンセリングだけではなくて、積極的な助言をする心理療法を適用していく研究
は、今後、医師か心理療法者がとりくむべき課題であろう。(傾聴のみを行なう「カウンセラー」が
とりくまないならば、別なリソースが。)
→
認知療法という積極的な心理療法があるが、病気でないひきこもりでも、「認知の修正」を積極的に助言するほうが、早く解決する場合もあるだろう。そういう認知療法で、ひきこもりが改善する場合もあるだろう。ただ、認知療法はカウンセラーの積極的な対話が要請されるので、消極的な性格のカウンセラーには、向かないだろう。
ひきこもりには、傾聴カウンセリングのみと限定しないほうがいいのではないか。ひきこもりの増加が最近のことであるから、従来のカウンセリング手法では不十分かもしれない。アメリカでは、心理療法が、次々と開発されているとおり、まだ、この領域は、治療法が発展段階にあるのだから。
広義の「ひきこもり」
広義の「ひきこもり」状態には、うつ病、不安障害などによるものがある。だから、ひきこもり状
態の分析には、慎重なアセスメントが必要であって、ひきこもりと心の病気が重複する場合、積極的
な心理療法ならば、早く改善できる場合があるかもしれない。病気でないひきこもりも積極的な心理
療法(弁証法的行動療法など)で改善する場合もあるだろう。対応が遅れると、ながびかせることに
なる。
病気でない「ひきこもり」がながびいていると、心の病気(うつ病、過食症など)になっていくこ
とがある。その場合に、傾聴するカウンセリングでしか対応しないカウンセラーは、お手上げとなり
、薬物療法を行なう医者にまわすというのも残念な対応である。アメリカでは、重症のうつ病でさえ
も心理療法で治す。認知療法、対人関係療法、弁証法的行動療法などで、そういう心の病気が治ると
いうのだから、カウンセラーは全く行なわないというのではなく、カウンセラーが、今後、傾聴カウ
ンセリングに加えて、積極的心理療法をも習得すれば、そういう段階に悪化していくのを防止したり
、治療もできるのではないのか。
人は複雑である。人間が決めた枠にはまるとは限らない。改善法も柔軟性をもって研究していかな
いと、ひきこもりや自殺の改善に、限界があるだろう。だが、医者やカウンセラー志望の人以外から
、心理療法の習得を希望する人は少ないだろう。やはり、医者や臨床心理士に期待したい。
ただ、活躍中の医者や臨床心理士は、忙しい、新しい心理療法を習得する余裕がない、とも言われ
ている。若いカウンセラーや、ひきこもりの人の家族が中心になって、その治療法を研究するということも考えていいので
はないか。若いカウンセラーは新しい心理療法を、親御さんは、自分の子どもの問題だけを研究すればいい。長く研究していれば、積極
的に治療できる専門家となるだろう。分析、評論できるカウンセラー、心理学者は多くても、それだけでは、解決しない。治す力量ある人がふえないと問題は解決しない。つまり、「あの人は境界性パーソナリティ障害だ」とアセスメントできる人が、それを治せるわけではない。分析、評論できる人が、治すスキルを持つわけではない。評論家だけではいけない。治療者がいないといけない。
ひきこもりに多いというパーソナリティ障害と社会不安、その他(いじめなど)の原因では、かなり違うので、関心のある人が別々に取り組んでいってもよいだろう。分担すると、早くスキルが向上するだろうから。
- (*1)「「ひきこもり」がなおるとき」磯部潮、講談社、2004年