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1=「臨床仏教カウンセリング」(仏教心理療法)とは

「臨床仏教カウンセリング」(仏教心理療法)とは

「臨床仏教カウンセリング」(仏教療法)とは

 「臨床仏教カウンセリング」(「臨仏カ」と略します)は、十年ほど前から実施されているカウンセリングの手法です。臨床仏教療法、仏教療法ともいいます。 次のように定義されます。

現代日本の禅と「臨床仏教カウンセリング」の違い*

 「臨仏カ」は、認知行動療法の一種です。心の病気には、独特の固定観念が形成されており、それに基づいて、一定の思考傾向(認知のゆがみ)が用いられて、たえず否定的思考や逃避的思考(自動思考)を繰り返して、感情を起こし、気分が悪化し、その感情や気分にとらわれて、日常生活に支障をきたして(「行動」の障害)います。
 仏教は、そのような心の状態を八正道によってよく洞察して、苦悩する状況から解放されることをめざしていましたから、仏教は、認知行動療法であるといっていいのです。このように、仏教で多用された、腹式呼吸法や自己を洞察する手法を重要な治す療法として用いますので、仏教心理療法は「認知行動療法」の一種です。
 また、欧米では、対人関係療法も、うつ病、摂食障害などの治療に効果をあげている心理療法ですが 、この長所も取り入れて仏教実践の観点からとらえなおして、用います。 他の認知行動療法が十分に固定観念や認知のゆがみを修正できない人にも、仏教心理療法は、独自の修正効果により、治療効果を発揮する場合があります。
 心の病気や種々のメンタル(心理的)な問題を持つ人が、これまで、禅や仏教の本を読み、坐禅道場に行ってみても解決できなかったかもしれません。現代の日本の禅(実践も学問も)や仏教は、苦のカウンセリングの部分を十分に研究してきませんでした。花園大学の安藤治教授の指摘にもあります。
 しかし、「臨床仏教カウンセリング」(仏教療法)は、そういう仏教や禅が軽視してきたものの中から、現代人の心の病気などに貢献できる部分を抽出したものであり、もともとは仏教にあった領域です。 これまで紹介されてきた開祖の思想、開祖への信仰を重視した仏教や禅とは違って、短期的な実習で臨床的な効果が確認されてきたので、仏教の現代的展開ということになるでしょう。
 次の特徴があります。

日本の禅と「仏教療法」の領域*

 現代日本の禅では、一般人の苦の解決、現代風にいえば、カウンセリングの側面がほとんど軽視されている。これは初期仏教や大乗仏教ではあったものである。
 「仏教療法」は、そこを重点的に行う。だから、問題が軽減したら、カウンセラーとの関係は、修了となる。病理的な苦悩のカウンセリングのみを目標とする(人格的な成長、社会貢献などの「仏教カウンセリング」は別にある)から、何かの信仰を強制して、ひきとめるようなことはない。ただし、その後、健常者としての問題の予防、成長のために「仏教カウンセリング」(治癒のための臨床仏教カウンセリングではない)をそれぞれの職業に活用するとか、カウンセラー・ボランティアとして、社会貢献する道がある。もちろん、カウンセリングを通して会得した自己洞察法を自分で実施して自立していくことは、すべての人の完治後の推奨されるありかたである。
 図で、領域の違いを示す。「臨仏カ」(仏教療法)は、(A)から(B)へ実現することを目標とする。「仏教カウンセリング」は、(A)から(B)(C)へ実現することを目標とする。本来の仏教には、この(A)→(B)(C)も重視され、その手法が詳細に考察されているが、現代の禅の修行でも学問的研究でも、ほとんど、現代社会に応用貢献されていない。しかし、現代の種々の問題に大きな貢献をする可能性がある。
 「他者に説く」とか「他者を救済」するというのは、仏法僧などへの信仰や、病理的な苦悩のない人だけに予防、成長のための修行(もちろん、この領域も重視した)だけを説くのではなく、心の病気のようにひどく苦悩する人をカウンセリングして問題を解決する支援をすることも重要であった。
(図)仏教・禅と臨床仏教療法・仏教カウンセリングの範囲の違い  
仏教、禅 自分の向上の段階 他者を救済する段階
(A)自分の苦を探求
自己の苦の解決のための修行
(B)苦がない段階
さらに微細な煩悩(我見・我執など)を捨棄
悟り
経典、禅僧により證、承契、身心脱落、無生法忍ともいう
他者に説く
悟りても行道
(衆生救済を強調)
正念、正定など坐禅
(無期限、5年、20年、生涯)
 
臨床仏教カウンセリング
(仏教心理療法)
(A)病理的な自分の苦を探求 (B)苦がない段階 他者に説く ---->
その後(=下記注1)
自己洞察法(坐禅に似た実践)
(期限あり、6カ月〜1年)
(治癒した後も自己洞察法が推奨されるが、治癒したのであるからやめるのは自由)
仏教カウンセリング (A)健常者が問題解決、成長、開発を探求 (B)予防、開発、成長の段階 (C)新技法で社会に貢献 ---->
その後(=下記注2)
自己洞察法(坐禅に似た実践)
(無期限。改良のための研究が継続)

(注1)=その後、どの道を取るのも自由である。
    他者に説く
      この「臨仏カ」は、公案修行のような高度の指導に耐えられるような段階でもなく、「悟り」以前の領域である(臨床心理士などが行っているのと同じ領域)から、公案修行とか悟りの体験には関係なく、他者を指導できる。
    • 協会のカウンセラーになる。
    • 協会のボランティア(役員、事務など)として他者の援助をする。
    • (ただし、「ひきこもり」にあった人は、「臨仏カ」を修習したことが確かなものになったことを実生活で確認するため職業、学業、家事などに復帰して3年以上たってから。)
    他の道
    • 「臨仏カ」の実践をやめる。
    • そのまま自分ひとりで「臨仏カ」の実践を続ける。
    • ただちに、他の指導者のもとへゆき本格的な仏教の修行に入る(「臨仏カ協会」では原則として行わない。病理的な苦悩が治癒したばかりだから、しばらく、職業などに専念してほしいという願いから)
    • 独自にカウンセラーとして活用する。
    • 自分の趣味、事業(医療、教育、福祉、スポーツ、芸術など)に「臨仏カ」を活用する。

(注2)=こちらは、病理的な問題のなかった人である。その後、どの道を取るのも自由である。
    社会に貢献
    • 仏教カウンセリングを、それぞれの心理学領域、医学領域に活用する。
    • 健常者として種々問題を持つこともあるが、仏教カウンセリングで、心の病気などにおちいらないように活用していく。自分の趣味、事業(医療、教育、福祉、スポーツ、芸術など)に活用する。

「協会」へのご理解

 「臨仏カ」の領域は、従来、在家、出家の仏教実践や学問研究から、重視されなかった領域であるので、よく知られていない。そのため、これを実践したい、他の人に指導したいという人は限られる。むしろ、領域としては、臨床心理士や種々のカウンセラーが進出している領域と同じである。このような領域を「好き」だと思う人は、仏教や禅に進路を求めず、医学系、心理学系に進学している。だから、仏教や禅の関係者には、「臨仏カ」の実践および、指導に興味(好き)を示す人は限られるおそれがある。
 「臨仏カ協会」は、心の病気などで悩む人の病理的問題の治癒のためのカウンセリングを行う。人はみなそうであるが、仏教者、禅者の中にも、種々の「好き嫌い」がある。思想研究が好きな人、仏教書を読むだけが好きな人、自分の修行だけでよい人、自分の悟りで精一杯という人、自分だけの坐禅が好きな人、公案修行が好きな人、自分の心の健康だけをめざしたい、葬式法事のこと、祈祷などで忙しい、それ以外は好きではない・・・・。
 「臨仏カ協会」の活動は、カウンセリング、および、それに付随する活動である。このような活動は、適性や資質もあり、このカウンセリング枝法を他者に教えることが好きな人は限られる。
 しかし、仏教カウンセリング(病理の臨床ではない)は、すべての人が、実践すべきことである。自分や他者を苦しめる心を洞察して、種々の人生上の問題を冷静に判断して、他者を傷つけず他者に依存することなく、自立していく心の大切さを教えるからである。

全国に仏教カウンセリングのカウンセラーが

 日本では、禅・仏教のこういうカウンセリングの側面があることが知られていないのは、安藤治氏(花園大学)のいわれるとおりである。こういうカウンセリングの指導が「好き」な人、興味を持つ人も、適性ある人も限られる。(繰り返すが、自分の成長、自分の職業に生かすことは、すべての人のものである)
 組織は大きくなると、本来の崇高な目標を失いがちである。組織が大きくなると、組織維持が自己目標となって、金銭・組織での地位を求めるようになり、カウンセリングを標榜する組織でさえも、患者を心理的に抑圧して長くひきとめ寄付、セミナー受講料、種々の講演の参加費用を提供させ、労働を奉仕をさせられ、「少数のプチ全能者と多くのあわれな子羊」という集団になっているものがあるだろう(このHPで、そういうことを嘆いておられる精神科医の方の警告をご紹介している)。この協会は、そういう組織になることは希望しない。患者は、短期間(6カ月〜1年)で治癒し、次々と協会組織から離れて自立していくこと(組織に関与せず本来の学業、職業、家事に専念)が方針である。
 しかし、多くの方がカウンセラーとなり、この手法で全国の苦悩する方々を支援されることは希望する。そこで、遠隔地の方で、このような活動を積極的に展開したい方は、このカウンセリング枝法をしばらくの間、協会で学び、習得した時、協会を離れて、ご自分の地元で、同様の活動(または、ご自分の組織の活動に活用)を独立して推進していただきたい。そうすることで、地元に近い方々に、カウンセリングを行うことができる。日本の各地から、うつ病、心身症などの心の病気、身体の病気で、休職・退職に追い込まれ、長く「ひきこもり」状態となり、自殺する人が、一人でも減少するように願うものである。また、病理的な問題(臨床)でない領域、たとえば、教育心理学やスポーツ心理学、介護、医療などの従事者などにも、仏教カウンセリングが貢献されることを願う。
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