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場所の論理(3)
 =思慮分別を絶した真に直接なる心

=マインドフルネス心理療法と西田哲学

 マインドフルネス心理療法の救われる構造を西田幾多郎の言葉で簡単に見ている。 西田幾多郎は<自己>を哲学的に記述した。哲学は心理療 法ではないが、マインドフルネス心理療法と似たように、自己や精神活動について記 述している。 マインドフルネス心理療法に応用できるようなところをみている。

思慮分別を絶した真に直接なる心

 =絶対無の場所

 意識される作用のほかに、知らないうちに考えていて、その間考えていることを知らないでいる ことがあるように、意識されないところでも精神作用(意識作用)が動く。作用もある場所が「絶 対無の場所」である。そこにおいては「思慮分別を絶した、真に直接なる心」である。 うつ病や不安障害などは、思慮分別による病気である。すべての人の根底は思慮分別を絶したもの があるのに、これを知らずに思慮分別によって苦悩している。

マインドフルネス心理療法へ

 うつ病や不安障害は、自分自身を知らずに、日々起きる出来事を思慮分別によって嫌悪的な思考 を繰り返すので病気を維持悪化させるという側面がある。(かかる思考がストレスホルモンを分泌 して前頭前野、海馬などを変化させて症状が起きるという脳神経生理学的な要因も関係している。 )
 そこで、治す方針は、「自己自身を見る」自己を知ることである。解決のない嘆きだけの思慮分別をせずに、あるがま まを見て、自己の価値実現の行動をする、それが自己を知るということである。感覚、思考、感情、意志などの「作 用」を正確に知る。なぜなら、そういう作用のすべてによって、社会で行動して社会の創造に参画するからである。SIMTでは、 こうしたことがマインドフルネス、アクセプタンスの技法になっている。自己の作用をあるがまま に観察し、知ることができれば、不快事象は自分の作用の対象のどれかであり、あるがままの様子を知るこ とができるようになって、思慮分別による思考をしなくなって、本来の自己の価値実現の行動 (失業などの状態にある人は、課題の実践が価値実現よなる) をして、精神疾患が治癒する。

 (続)