第1節 自己洞察瞑想療法(SIMT)とはどんな心理療法か

第1 包む(包摂)ことで自己の働きを知る

 自己洞察瞑想療法(SIMT)では、自己の生命活動として、現在の瞬間の感覚、状況 をすべて包み込み、無評価で観察し(「映し」)受け容れるトレ ーニングを続ける。 症状や状況を自己とは対立するものという見方では、容易に受け容れがたいが、そ ういうものも含めてすべてが自己のものという東洋哲学的な見方で、不快事象とともに生きていくものと覚悟し自己自身の見方を深めていく。新しい自己の見方の学習、哲学の学習だけではなかなか現実の心の変化(自己の哲学的な観点の深まりと脳神経生理学的な変調の回復など)が起こ らないので、呼吸法や瞑想法(=自己の今の瞬間の作用を観察して自己自身を知ること)を用いる。 坐って呼吸法をしている時も行動する時も、その瞬間の自己の作用の対象をそのままに映し観察し、作用に意識を向けて作用を自覚する。 これが、「映す」「包む」「受け容れる」という心の実践である。これをトレーニ ングすることを通して、苦悩の対象、自己の作用、自己存在のありのままを観察し了解し現実の行動に影響させていく。
 自動思考は状況、環境、他者を嫌悪したり、自己自身を否定したり批判する内容を持つことが多く、今の瞬間の事実を映し、包むことをやめて、自己 を見失うことがあるので、自動思考に入らないように注意する。 思考は思考自身を知らないのである。思考は対象を内容とするからである。 自動思考に入った ら気づいてこれを解放するトレーニングを する。不快事象にふりまわされて衝動的な行為をして結果的に自己の「願い」 (個人の平凡な幸福、職業、家庭)を崩壊させることになるので、 自己の願いを想起するトレーニングを繰り返す。不快事象を包みこむ徹底的受容 のトレーニングをする。
 「願い」も実現不能な願いはかえってうつ病を悪化させる。実現しないか ら不満の思考が続く。達成可能な願いであるかどうか時々、願いの再検討が必要で ある。願いは個人的なものでなければならない。
 不快なことが起きても、無評価で映し、包み受け容れ、願 いを想起して衝動的な行動に移らず、願いにそった行動は何かいくつかの選択肢( これらがマインドフルネス心理療法の「課題」となる)を学習して、その時にふさ わしい行動を選択するトレーニングをする。 こういう心の使い方は、意志作用である。つまり、意志作用の活性化が治療の方針 である。

第2 意志作用の活性化と作用のある自己の根底の探求

 こうした精神作用の使い方は、精神疾患になった人や問題行動によって自分が苦 悩する人(非行犯罪を犯す人も)にとっては、従来の心の使い方とは大きく違って いるので、読書や講義だけによっては、容易に習得できない。スポーツや芸術、職 業的技能の習得でもそうであるが、人の精神的なスキルは、 言葉での理解だけでは身につかないし、聞く読むだけではうまく働き出さないこと が多い。読み、聞き、理解する個別の神経回路と、種々の精神作用を統合し決意し実行す る回路(意志作用)は別である。
 意志作用、包む心、無評価で映す心、不快事象も含めてすべてが自己自身と見る 見方(知的理解では日常行為にならない)も、継続したトレーニングをしないと身 につかず、現実には動きださない。
 自己に意識されるものは、すべて、自己自身の 種々の意識作用であって、自己の根底における自己の生命活動を映像のように映したもの である、つまり 自己の心の上(中といってもよい)にあるもの(種々の対象も作用もすべて自己の内)という 見方である。すべての対象(ストレスも、症状も)は、今の瞬間の、この自己において(哲学用語 では「絶対無の場所」であるが、わかりにくいだろうから、自分のこころの最も深 いところ、と思えばいいだろう)生じ消えているもので自己と同一という東洋哲学的な 見方をトレーニングしていく。 自己評価は、思考によって考えられたものであって、考える自己ではない、真の自己ではない。 自己評価の低さは、自己自身(自己の精神作用と自 己存在)をよく知らないことから起きているので、自己の精神作用と自己存在の探 求を行う。自分や他者の評価を超えた「叡智的自己」に眼を開くトレーニングをする。自己存在は他人のささいな拒絶にいちいち気に するような自己ではない、自我の評価で否定し自己破滅させるような自己ではない、 いちいち、他者の視線におびえるような自己ではない、症状によって破壊される自 己存在ではない。 自己とは何かを呼吸法(自己洞察瞑想)を通して、苦痛の対象を映し包み自己の精神作用を自我を用いず無評価で観察し、不快事象があっても受容し自己の願いを実現する方向にある建設的な行動を選択して決意し実行する。そういうふうに自己の精神作用を探求し、意志作用を活性化し、意志作用の根底の自己存在 を探求していく。

第3 認知療法、傾聴型のカウンセリング、自己洞察瞑想療法(SIMT)

 自己とは何かを呼吸法と行動中の自己探求(自己洞察瞑想)を通して、苦痛の対 象を映し包み観察し受容し建設的な行動を探求していく、意志作用を強くし、意志 作用の根底にある自己存在を探求していく。このように、認知を修正する手法、つ まり、否定的考えを別の肯定的な考えに置き換えるトレーニング手法は用いない。 認知療法は、言葉、思考によるトレーニングである。 種々の精神作用があるが、認知療法は思考作用の「対象=内容」を検討して修正し ていく手法である。これも、精神疾患に有効である。
 自己洞察瞑想療法(SIMT)は、今の瞬間のすべての精神作用、つまり 思考作用も含めてすべての精神作用の作用自体の洞察と統合的な意志作用を 活性化させること、 作用を引き起こす根底の自己存在を探求していく。
 否定的な考え、感情、衝動的行動が過敏で、冷静な意志作用が低下していることは、脳神経生理学的な基盤が関係している。心理的な現象や意志作用の低下は脳神経生理学的な過敏さと脳神経生理学的な機能低下と関係があることを考慮しながら、自己を探求していく。
 自己洞察瞑想療法(SIMT)は、もちろん、傾聴に徹するカウンセリング手法ではな い。傾聴のみでは、クライアントの病理や問題行動(背景に神経生理学的フュージ ョン(連合)があることが多いから)が治る保障はない。自己の種々の精神作用の正確な洞察、意志作用の活性化、自己 存在の探求は方針を明示しないとできないからである。西田幾多郎は意識の「志向作用」といったが、意識は通常、対象に向かい、自己の作用を志向する(反省、自覚)ことはない。自己の作用、自己の存在の内に向かっての方向を志向していくことは、自然には起こりにくい。自己の種々の精神作用の根底の方向への探求の方法を詳細に助言するのが自己洞察瞑想療法(SIMT)である。傾聴に徹して自然に気づくような心の使 い方で病気や問題が治らない領域には、自己洞察瞑想療法は効果的である。