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自己洞察瞑想療法と西田哲学
 =禅の哲学、西田哲学を心理療法に


判断の保留、意志作用、呼吸法

意志作用

 私たちは、意識で、心で、瞬間瞬間に(絶対現在において)、種々の作用を起している。思惟(思考)もその一つであり、意志作用もその一つである。思考作用は絶対現在の自己の目的を含むのではない。意志作用は、そのうちに目的を含む。

 「思惟においては、なお目的が作用の外にあると考えることができるが、意志においては真に目的が作用自身の中にあるのである。」(西田幾多郎旧全集、巻4-142頁)

 思考は、現在の瞬間の目的を想起せずに、苦痛の判断、推論を重ねていく。 その思考が自己を苦痛に追い込み、幸福でいたい、こういう人生を歩みたいという目的があるということをその瞬間(絶対現在)には想起できない。瞬間瞬間に目的を想起して目的を崩壊させない行為を選択していくのが意志作用である。瞬間瞬間に、目的を含む行為が意志作用である。思考は目的をかえりみないで暴走していく。 

判断せずに坐っている

 「主語面を越えて述語面が広がるという時、我々は判断意識を超越すると言わねばならぬ。主語を失えば判断という如きものは成立しない、すべてが純述語的となる、主語的統一たる本体という如きものは消失してすべて本体なきものとなる、此の如き述語面に於て意志の意識が成立するのである。」 (『場所』巻4-281)

 静かに坐って呼吸法を行う、あるいは、見えるがまま、聞こえるがままに受け止めている。判断という意識作用を起さないで呼吸法を行い続ける。 その時(絶対現在)、判断は成立しない。判断は思惟(思考)の一種である。思惟的判断を保留する。これは意志である。
 「この前のものは」「壁は」「あの音は」という判断をしないでいる。「頭痛」は嫌い、悪い、「この症状」は嫌い、悪い、「自分は」は嫌い、ダメだ、という主語と述語による判断をしないで坐っている。
 判断を保留して坐っている。このような意識は思考作用ではない、こういうふうに坐っている時、意志の意識が起きる。 呼吸法を実行すると、途中で考えてしまう。心の病気の人は、思考を暴走させやすい。その思考の内容が悲観的否定的であるから、その思考が感情を起し建設的な行動をさまたげる。(脳神経生理学的な反応が起って、脳や内臓に病変を起す。種々の症状が持続するようになる。)

初期の反応

 自己洞察瞑想療法(SIMT)の初期から、呼吸法を課題として与える。はじめは、ゆっくり呼吸という簡単なことさえできない。どうして難しいストレスに対処できようか。
 2,3か月後には、30分を数値目標とする。真剣にやればできるようになる。しかし、当初は5分くらいしかできない、5分しかやらない。それほどに、思考作用が暴走し、思考を抑制する意志作用が強くない。

 カウンセリングを受け始めた人の反応はいつもこうである。<  >の状況だけを変えて、反応を示す。
 「質問があります。<症状がつらくて、寝ていることが多く、外出も しないような>状況です。いろいろ考えが浮かんできてしまい、教わった呼吸法や食事による洞察も忘れています。いつの間にか考えています。考えをストップすることが出来ません。これで良いのでしょうか?」

 それに対する最初の助言は、こうである。

 「考えをすぐにはストップすることが出来ません。それでも、チャレンジし続けます。考えているのに、気がつかないのも、 考えを止めることもすぐ成功しないのは当然です。そういうトレーニングをしなかったからです。 チャレンジしないとそのスキル(じつは意志作用である)がいつまでもできません。 また、思考していたつらいことではなくて他のことに意識を向けて(意識の転向=志向)も思考が消えるはずです。 他のことに真剣になるからです。しかし、意識の転換もすぐにはうまくできないでしょう。何度でもチャレンジするのです。数か月やれば 脳神経回路が変わります。」

 こうして、支援者の役割は、クライアントが自己の種々の作用を自覚して 意志作用を活性化して、自分の人生の目的を実現していく支援をすることである。

ゆっくり呼吸法ができない

 はく息を長くするという「ゆっくり呼吸」を奨励しているが、そのような呼吸法ができないという人がいる。パニック障害の人に多い。パニック発作は過呼吸を伴うことが多い。呼吸を調節する機能が発作的にそこなわれる。発作が起きていないときでも、意図してゆったりとした呼吸をすることが難しくなっている。
 そういう人でも、自己洞察瞑想療法(SIMT)の課題を長く訓練していくと、ゆっくり呼吸法もできるようになってくるが、初期のころには、ゆっくり呼吸ができない人は、自然の呼吸を観察する方法で行ってよいと助言する。 はく息、すう息を意識して坐っている。判断の保留作業は同様である。

 思考には、多くの判断が含まれていて、心の病気の人は善悪的、嫌悪的、否定的、脅威的、不満的などの判断の含まれた思考を渦巻かせることが多い。これが、症状の回復をさまたげるのである。そこで、まず、判断を保留する意識の作用からトレーニングを開始する。思考の抑制のトレーニングをする。

 こうした呼吸法、思考の観察、否定的な思考の抑制、判断の保留などは、自己洞察のほんの初期であるが重要である。これを基礎にして、自己の深い探求を重ねていく。そうしている間に、心理的反応と脳神経生理学的反応の相互作用によって、 脳神経生理学的な変調が改善していって、精神症状、身体症状が軽くなり、 問題行動、回避などの反応パターンが変化していく。1年から2年くらいで、うつ病や不安障害は完治に近づく。