真に患者よりの医学でなくていいのか
薬物療法だけでは治らない「うつ病」がある。治療しても、自殺が多い。
現在の「うつ病」の薬物療法は、患者にとって、うつ病になったわけがわからず、抗うつ薬によって治るのでは、わけがわからずに治っている。これでは、再発も多いし、抗うつ薬を飲みつづけていても、自殺が起きているし、再発もある。高血圧のように、薬物を一生飲むので悪化しない病気もあるであろうが、うつ病は、生きる意欲、仕事・趣味などをする意欲に関係しており、「考えること」という、極めて人間的な心が関係している病気である。薬物絶対主義ではいけない。現在の対策は、「うつ病は薬物療法で治る」という声だけが高く、他の方面の対策が軽視されているように見える。うつ病、自殺問題は、薬物療法だけでは治癒、再発防止を達成できていない。薬物療法を受けている患者も遷延化、自殺がある。薬物療法絶対の対策だけだけではいけない。心理療法や、地域での心のささえあいの仕組みづくりも早急に対策を急ぐべきである。
うつ病は予防することや初期のうちに治すことが重要である。軽症でも、長期化すると、社会生活から離れるようになり、不幸な状況を生みだしていく。特に、20代前後の「うつ病」を、長びかせず、早く治すべきである。青年期に3年、うつ病で学業から遠ざかれば、友人、知人と疎遠になり、社会復帰が遅れて、一生不利な影響を与えてしまう可能性がある。
今、開発されている薬物療法で治らないケ−スも多い。なぜであるか。現在の薬物療法は、縫線核を中心とするセロトニン神経に作用する薬物(SSRI)、および、セロトニン神経とノルアドレナリン神経に作用する薬物(SNRI)であるが、うつ病は、セロトニン神経だけ関与するのではないからかもしれない。セロトニン神経は、感情や痛みや欲を抑制するとされる。心の病気は、不安、抑うつの感情が主で、それをセロトニン神経が抑制することで説明がつく。しかし、うつ病になると、社会と接触する意欲、食欲、性欲、生きる欲までもおとろえる。これらの症状は、セロトニン神経の「抑制」作用では、説明しきれない。生きる意欲、仕事・趣味をする意欲、人と交わっていく意欲は、「抑制」ではないようである。
そのセロトニン神経に隣接する脳の組織(たとえば、ドーパミン神経、側坐核、前頭前野、大脳皮質、松果体など)が大きく関与しているのかもしれない。うつ病の治癒経過をみても、多くの症状がいっせいに改善されるのではなくて、自殺念慮、抑うつ気分、食欲・性欲、睡眠障害、自律神経失調症状、疲労感など改善の時期がずれている。自己がもろいものだという自信喪失感・不安は、かなり遅くまで出現する。セロトニン神経さえ活性化すれば、うつ病が完治ということでは説明がつかない。前頭前野が深く関係している。
セロトニン神経(再取り込み阻害)だけに作用する抗うつ薬は、うつ病の根本的な治療薬ではないのかもしれない。今、まだ、うつ病の仕組みは、脳内神経物質の観点からは完全には解明されていないといってよい。
薬が効かない人も多いのに、「うつ病は薬物療法で治せる」「薬物療法が確立している」とは、極端な一般化であり、認知のゆがみであろう。薬物療法を受け続けていても自殺する人がいる現状で「再発防止のために、一生、抗うつ薬を飲めばよい」というだけでは、医薬業界と医者(そしてそれを支援する政治家、役人)の利益が優先されているような疑問がもたれる。
製薬業界と医者はうるおうが、個人の医療費負担と、健康保険の財政負担が大きい。副作用や薬を飲んでいるという心理的ストレスも無視できない。心の病気は、「認知」、すなわち、ものの見方、考え方が大きく影響して発病する。薬物療法で治った場合、「認知」はあまり変容していない。自信喪失感が持続することが多い。認知を大きく変えずして、薬物だけで症状を消去して生かしつづけるという方針でいいのだろうか。認知は否定的、消極的でありつづけ、その悪影響として起きる感情・症状を薬で抜くという方針でいいのだろうか。
ハンセン病のように、医学に偏見や、一部の者の我利が入る時、国民、社会に害をなした歴史も多い。何十年かの後に、平成のころの抗うつ薬は根本的な治療薬ではなく、「うつ病はセロトニンの再取り込み阻害薬で治せる」というのは限定的な見解であった、ということになる可能性もある。ウイルス性の病気ではなく、心が関係する領域に単純化した医学的主張は危険であり、他の有効な対策を遅らせる危険がある。
自殺者が3万人を超えて数年である。薬物療法も啓蒙されてきた。それでも自殺が減少しない。薬物療法を受けている人でさえ自殺している。医者でさえも自殺していく。薬物療法だけに期待した誤りではなかったのか。
薬物療法を受けていても、うつ病の遷延、再発、自殺が多い。誠実な医者は、苦悩するであろう。もし、医者の家族、親族、知人がうつ病になったらどうするか。薬物療法で治らなかったら、それでもいいというのか。自分のこととして、考えてほしい。自分や自分の家族が同じ苦悩をかかえたらどう思うかという、他者の苦悩を共感すべきである。医者の診療報酬の利益ではなくて、患者・およびその家族全体(医者もいつこちらに加わるかもしれない)の立場から、代替療法の対策を医者も支援すべきである。試すべきである。
医師や看護師、ボランティアが用いる自己洞察瞑想療法(簡便法)