薬でうつは治るのか?(4)=再発が多い、治りにくい心因性うつ病
=書籍紹介「薬でうつは治るのか?」片田珠美、洋泉社(新書)、780円+税
マスコミや本では、「うつ病は休養と薬物療法で完治する」と宣伝しているが、実際は、そうではない。薬物療法では治りにくいうつ病もあるが、うつ病の原因に種々あるのも、その理由の一つである。
精神科医、片田珠美氏は、次のように書いている。
原因による分類
精神科医の笠原嘉氏の分類では、うつ病を3つに分類する。
- (1)身体因性うつ病
- (2)内因性うつ病
- (3)心因性うつ病(神経症性、反応性)
身体因性うつ病
「身体因性うつ病は、脳や身体の器質的な病気、あるいは薬物によるもので、原因としては最も明確である。」(55頁)
マタニティ・ブルー(胎盤ホルモンの急激な変化によると考えられている)、脳卒中後のうつ、内分泌代謝異常(甲状腺機能障害、副腎皮質機能障害、性腺機能障害、電解質異常(特に低ナトリウム血症)、中枢神経疾患(パーキンソン病、多発梗塞性痴呆、アルツハイマー病、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、多発性硬化症)、その他(膠原病、インフルエンザ、膵炎、膵臓がん)の疾患に、うつ状態が現れることがある。(56頁)
この場合、うつ病の治療のほかに、これらの身体疾患の治療が必要となる。
このほかに、薬を服用したことによって、副作用として、うつ状態がひきおこされるものがある。うつをひきおこしやすい薬剤は次の薬剤がある。
- 血圧降下薬=レセルピン、α−メチルドパ、β-ブロッカー
- ホルモン剤=副腎皮質ステロイドホルモン
- 抗潰瘍薬=ヒスタミンH2受容体拮抗薬
- 抗結核薬=シクロセリン、イソニアジド、エチオナミド
- 免疫調整薬=インターフェロン
- 向精神薬=ハロペリドール、チアプリド
- 抗酒薬=ジスルフィラム
内因性うつ病
「次に、(2)内因性うつ病は、「内因性」という言葉が示すように、「内部からひとりでに」起こるうつ病である。(1)身体因性うつ病のように、抑うつ気分を引き起こすような身体の病気もなければ、薬も服用していない、(3)心因性うつ病のように、そういうことがあれば誰でもゆううつになるだろうと容易にわかるような、はっきりした出来事もない、文字通り「ひとりでに」起こったとしか言いようがない場合である。」(57頁)
この内因性うつ病は、脳内の神経伝達物質、特に、セロトニン神経がスムーズに機能しなくなっているという仮説がある。
「したがって、マスコミで盛んに取り上げられ、患者さん向けのパンフレットにも掲載されている「セロトニン・ノルアドレナリン仮説」は、本来、内因性うつ病の生物学的メカニズムを想定したものなのである。SSRIもSNRIも、脳内のセロトニンやノルアドレナリンを増やす作用を持つ薬であり、この内因性うつ病向けの仮説モデルにもとづいて開発されたことは言うまでもない。」
(58頁)
だが、この仮説が正しいかどうかは証明されていない。
「だが、一連の抑うつ症状が、同様のメカニズムから生じることを証明するものは、何もない。さらに、中枢神経系の情報伝達の仕組みについてはよく知られるようになってきたものの、うつ病の生物学的マーカーになりうるようなものは何も見つかってはいないのである。」(139頁)
(大田注)セロトニン神経の変調は、パニック障害や強迫性障害にもあるようであり、セロトニン神経の異常だけでは、うつ病の症状を説明しきれないし、うつ病の精神症状は、前頭前野の機能にかかわる機能の変調が多いようである。抗うつ薬に作用する薬で完治しないのは、セロトニン神経だけの異常ではない証拠だろうと推測される。=大田)
片田氏は、次のように言う。
「もし、あなたが、内因性うつ病ではなく、他のタイプのうつ病だとしたら? それでも、抗うつ薬を飲み続けるだろうか? 「薬が効いているのかいないのかわからない」「薬を飲んでも治らない」と訴えながら。」(58頁)
心因性うつ病
「(3)心因性うつ病は、心理的ストレスがあって、それに引き続いて起こる場合である。最もわかりやすいのは、第三者にもはっきりわかる出来事をきっかけにして起こるうつ病であり、その典型が、愛する人を失った後などに起こる悲哀反応であろう。」(58頁)
「愛する人だけでなく、地位や社会的評価、大切な財産や所有物などを失うという「喪失」体験に引き続いて、悲哀反応が起こることは多い。さらに、生活・環境・価値観の変動や仕事の役割上の変化などの後にもうつが起こることはあるので、まとめて「反応性うつ病」と呼ばれている。「反応」としての抑うつ状態であれば、時間がかかる場合もあるにせよ、原則として回復していくはずである。
ところが、必ずしもそうはいかず、回復が長引き、抑うつ症状が延々と続くこともある。このような場合、本人も漠然としか自覚していないが、内心に葛藤を抱えていて、それが原因になっていると考えられることも少なくなく、「神経症性うつ病」とか、「抑うつ神経症」という診断が下される。
「葛藤」とか「神経症」とかいうのは、自分には縁のないことだと、あなたは思うかもしれない。でも、実は、神経症性うつ病というのは結構多いのである。」(59頁)
結局、薬物療法で治らないうつ病、ながびくうつ病は、この「心因性うつ病」によるものではないかと推測されるのである。中間の記述をとばすが、片田氏の次の記述がある。
「ドニケルは、1986年の『ランセファル』で「抗うつ薬による治療に抵抗するうつ病の多くは、神経症的な構造のうえに発症する」と述べているし、「難治性うつ病の臨床」という特集を組んだ1994年の『臨床精神医学』でも、「うつ病の経過とともに、神経症的葛藤が強まると、やはり経過は慢性的となりやすい」ことが指摘されれいる。したがって、いわば神経症が<うつ>に呑み込まれる形で、「神経症性うつ病」あるいは「抑うつ神経症」が、「気分変調症」というカテゴリーにまとめられたが、根底にはやはり神経症的な構造が潜んでいるのではないか。そして、心の中の無意識の葛藤が解決されない限り、<うつ>はなかなかよくならないのではないだろうか。」(106頁)
心因は、人生の数だけあるに違いない。医者でさえも、うつ病になり、自殺するではないか。医者の子でさえも、葛藤を克服できずに、悲惨な結果を起こしているではないか。薬物療法の研究がすすんでも、うつ病だけ(あるいは、他の精神疾患の一部も)は、将来も、薬物療法だけでは、完治させられないのではないか。いじめられても、夫婦の不和があっても、愛する人を失っても、薬だけで、その葛藤を克服して完治するとは思えない。人は多様な人生観を持つ。人と人がかかわりあっていかないと、心理的な葛藤を克服する心の智慧は習得できないのではないか。
しかも、うつ病はながびくと、心理的な葛藤が深まって、治り難くなることが臨床上、観察されており、早く治したほうがいいのである。特に、児童、学生のうつ病は、大切な発達時期であり、社会に参画する準備の時期であり、治療に時間がかかりすぎると、学業、就職、結婚の時期と重なって、本人や家族に、大きな葛藤を引きおこして、いよいよ、治りにくくする。若い人のうつ病の治療、予防に、国も地域も全力をあげるべきだ。他の領域の予算を削減してでも、うつ病の治療予防、自殺の減少のために、心理療法の研究と心理的支援にとりくみべきだ。
国も、薬物療法だけではなくて、うつ病だけは、心理療法の研究にも真剣な対策をとってもらいたい。
(続)