「呼吸法の活用」=東大附属病院「心療内科」
欧米では、瞑想(Meditation)として、呼吸法が広く医学の臨床に用いられている。日本でも、東邦大学医学部で、呼吸法がセロトニン神経を活性化して、心の病気を治癒させるという研究がされてきた。ここには、東大のケースが紹介されたので、掲載する。
心身症、ストレス緩和の呼吸法
東京大学大学院の熊野宏昭氏は、心身症に「腹式呼吸」が効果があるという。
心身症に「腹式呼吸」が効果
心身症の治療には、内科的治療、向精神薬、生活指導、リラクセーションを用いるとして、そのうち、リラクセーションについて次の説明がある。
「ストレスがたまって、常に心身が緊張した状態を、意識的にリラックスさせます。例えば、「腹式呼吸の練習」「好きな音楽を聴く」など、患者さんに適した方法を、毎日の生活に取り入れるようにします。
このほか、思考パターンや行動パターンを変えていく「認知行動療法」が行われることもあります。(中略)
現代社会では、職場や家庭などから、ストレスの原因となる事柄を取り除くことは困難です。そこで、身近なところから自分を変え、セルフコントロールすることが重要です。体によくない生活習慣を改め、さまざまなリラクセーションの方法で、意識的に心身のリラッスを図るようにします。例えば、腹式呼吸などのリラクセーション法を、毎日繰り返して練習することがとても効果的です。」(1)
「ストレスを受けやすい人は、緊張しやすい体のくせをもっていて、常に緊張した状態にいることが多いようです。
しかし、リラクセーション法を毎日繰り返し行うと、心身がリラックスして、交感神経と副交感神経のバランスがよくなったり、過剰なホルモン分泌が抑えられ、緊張しにくい体質に変えることができます。
リラクセーション法は、心身症に有効で、治療の一環として指導されます。しかし、うつ病やパニック障害の場合は、リラクセーション法によって心身の状態が不安定になることもあるので、希望する患者さんは担当医に相談するようにしてください。
リラクセーション法には、いろいろなものがありますが、ここでは数を数えながら「腹式呼吸」をする方法を紹介します(94ぺ−ジの囲み参照)。この呼吸法は、健康な人がストレスに強くなる方法としても適しています。」(2)
「腹複式呼吸」の行い方
「腹式呼吸の行い方」として次の説明をしている。
「腹式呼吸の行い方
- 肩の力を抜き、楽な姿勢で椅子に座り、目を閉じる。
- 腹式呼吸をする(深呼吸ほど長くはないが、ゆったりとした呼吸)。
- 吐いて吸ってで「1」、吐いて吸ってで「2」と、心のなかで数える。10まで数えたら、1に戻って、また10まで数える。数がわからなくなったときは、また1から数える。
- 1回5−10分、1日に1−2回行う。
なお、呼吸をしていると、雑念が浮かんだり、体のあちこちが気になって、いくつまで数えたかわからなくなることがある。これは心身がリラックスしてきたために起こるもので、悪いことではないが、浮かんできた雑念のことを考え続けると練習が続かない。雑念が浮かんでも、また、静かに呼吸に戻って、1から数を数えるようにする。」(3)
これは、よくみると、坐禅の「数息観」とほとんど同じである。上記の「呼吸法」が心身症の改善に効果がある。仏教が、これを用いたのも、こういうことを経験から知ったのだろう。
実践する場合の注意
しかし、熊野氏は、次の注意をしている。
「しかし、うつ病やパニック障害の場合は、リラクセーション法によって心身の状態が不安定になることもあるので、希望する患者さんは担当医に相談するようにしてください。」(4)
「認知行動療法」は、うつ病にも効果があるといわれている。呼吸法も「うつ病」にも効果があるが、熊野氏が指摘しているように、呼吸法も自己流でやると、弊害が生じることがある。言われたとおりの方法を純粋に行わないで、自分の勝手な考えや他の本などで知った方法などを、人為的に付け加えて、かえって心理的にストレスを付加させることがある。また、自分で勝手に「理想的な呼吸法」を観念して、それにならないと思って苦しむことがある。ものごとに、とらわれやすい人に、その弊害が起こるおそれがある。心の病気の人は、臨床に詳しい人に
相談のうえで実行したほうがよい。
(注)
- (1)熊野宏昭「体の不調が続くとき・心身症」(『NHKきょうの健康』2003年5月号、日本放送出版協会、84頁。)
- (2)同上、「自分の「くせ」に気づく」94頁。
- (3)同上、94頁。
- (4)同上、95頁。