帯状回の神経科学(7)
帯状回・ワーキングメモリや感情の抑制(2)=ワーキングメモリの「保持」と「処理」/容量
=うつ病や不安障害(パニック障害、PTSD、対人恐怖など)治す心理療法(マインドフルネス、自己洞察瞑想療法)の検証
次の続きです。
ワーキングメモリ(作動記憶、作業記憶=ごく短期の記憶機能)は、私たちの瞬間々々の精神作用、行動を制御している。そのうち、実行機能が重要である。
実行制御は、次のような機能である。
「適切な判断や選択を行い、目的を達成するためには、外界でおこっている出来事のモニタリング、必要な情報へ注意を向ける、必要な情報の選択、長期記憶からの情報の取り出し、必要な情報の処理、必要な情報の出力、不必要な出力の抑制などが必要であり、これらのプロセスがうまく協調して働く必要がある。
また、外界の出来事のモニタリング機能一つをとっても、これをうまく行なうためには、さまざまな感覚系や運動系の強調が不可欠である。このように、ある目的を遂行するためにさまざまな機能系を協調して働かせる仕組みが実行制御であり、このような仕組みによって生み出される機能が実行機能である。」(1)
この機能をはたすためにワーキングメモリが働くが、それを遂行している部位は、前頭前野であることは、次で述べた。今回は、ワーキングメモリは、前頭前野と帯状回が協調して働くことを理解する。そして、心の病気の治療のための心理療法への応用の道をさぐる。
「ワーキングメモリとは、ある作業に必要な情報を、必要な期間、ある種のプロセス(リハーサル機構など)を働かせて能動的に保持するメカ二ズムである。」(2)
「ワーキングメモリを、情報の一時貯蔵機構、情報の選択・入力機構、情報の出力機構、情報の処理機構、そして調節信号などのサブプロセスから構成される一つのシステムと考えたモデルである。」(3)
ワーキングメモリは「保持」と「処理」
ワーキングメモリは、現在の行動の瞬間に必要な情報を一時的に「保持」し並行して「処理」している。
「会話や暗算などを例にとると、会話の目標は理解であり、暗算の目標は正しい答えである。これらの課題に共通しているのは、情報の一時的保持と並行的な処理である。会話の場合は相手の話の内容をしばらく保持し、そこに含まれる情報を統合するという処理を行なわないと理解が困難であり、暗算の場合は桁に繰り上がりがあれば、その情報を一時的に保持し並行して計算という処理を進める必要がある。保持した情報を生かして処理に使うことができ、処理した情報を有効に保持することができれば、ワーキングメモリはその役割を果たしているといってよいだろう。」(4)
うつ病になると、他者と会うこと、外出することを嫌がるようになるのは、「会話」に必要となるワーキングメモリがうまく機能しないのも、その理由だろう。
ワーキングメモリは個人によって容量が違う
「しかし、保持や処理が”脳のメモ帳”の容量を超え、一時的にオーバーフローすると”物忘れ”や行為の認知のミスなどが生じる。これは、保持と処理の最適なダイナミックスのバランスが崩れないからであり、処理に保持の容量を加えた全体容量が個々人のワーキングメモリ容量をはみ出ないためである。」
(5)
「さて、情報の処理に多くの容量を使ってしまうと、情報の保持には残った容量しか使えなくなる。このような場合、保持と処理の両者は互いにトレードオフ trade-off の関係にあると考える。つまり、処理と保持の総計が一定量(ワーキングメモリの容量で個人内ではほぼ一定)を超えない範囲であれば、両者にどのような量を割り付けてもよいという考えである。保持と処理のダイナミックな相互作用は問題解決や認知課題の達成には必要不可欠であると考えられている。」(6)
うつ病になると、仕事・家事や勉強(学生の場合)ができなくなるが、ワーキングメモリの容量が小さくなっているためであるのも理由であろう。うつ病の場合、薬物療法で寛解になっても、気分や身体症状が回復しても、ワーキングメモリが回復しなければ、人に会うことや仕事はうまくこなせないだろう。
不安障害の場合も、日常、感情的になることが多いために、ワーキングメモリが小さくなって、仕事に支障をきたしたり、適切な対処法を想起し選択したりすることが苦手になるだろう。
さらに、どの障害の場合でも、いざという時に、他者を批判する思考や最悪の状況を予期する思考や、誤った処理対策・方法への思考などに、ワーキングメモリの大部分を使ってしまって、適切な対策を想起したり、保持できず、いつもの苦しめる思考、感情、行為のパターンを選択して、苦しみ、障害を持続させ、治ることを阻害するだろう。
(注)
- (1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23 No.6、619頁。「前頭前野とワーキングメモリ」舟橋新太郎(京都大学教授)。
- (2)同上、619頁。
- (3)同上、620頁。
- (4)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23 No.11、1241頁。「ワーキングメモリと前部帯状回皮質」苧阪直行(京都大学教授)。
- (5)同上、1241頁。
- (6)同上、1241頁。