帯状回・ワーキングメモリや感情の抑制(6)=帯状回と課題の記憶形成と取り出し
=うつ病や不安障害(パニック障害、PTSD、対人恐怖など)治す心理療法(認知療法、マインドフルネ心理療法など)の方向
次の続きです。
帯状回の情動領域/認知領域/記憶領域
最近、脳神経科学の進展がめざましい。これによって、うつ病やパニック障害などの病態が解明されつつある。それらの研究成果をとりいれて、こういう病気の薬物療法ばかりでなく、心理療法を開発する。
人は、怒ったり、不安、恐怖、悲しさ、嫌悪、ゆううつ、などの感情を起こす。こういう感情が異常に亢進したり、対処法がうまくいかないと、心の病気になったり、非行犯罪を犯したりする。
感情を起こすのは、「扁桃体」が中心的な役割をになっているが、そのほかに、帯状回も重要な役割を果たしている。帯状回は、扁桃体と同様、大脳辺縁系に位置する。帯状回は、図(T-2)のように、いくつの領域に区分されて、異なる機能をもっている。特に、感情に関係するのは、前部帯状回吻腹側部である。
- (A)前部帯状回吻腹側部=情動領域
- (B)前部帯状回背側部=認知領域
- (C)後部帯状回吻側/中間部=空間認知領域
- (D)脳梁膨大後方部=記憶領域
うつ病や不安障害などについて考察するために、情動領域と認知領域の機能をみる。
帯状回もワーキングメモリの機能を分担
ワーキングメモリについて、前の記事で、次のように述べた。
適切な判断や選択を行い、目的を達成するためには、外界でおこっている出来事のモニタリング、必要な情報へ注意を向ける、必要な情報の選択、長期記憶からの情報の取り出し、必要な情報の処理、必要な情報の出力、不必要な出力の抑制などが必要であり、これらのプロセスがうまく協調して働く必要がある。このように、ある目的を遂行するためにさまざまな機能系を協調して働かせる仕組みがワーキングメモリであるが、ワーキングメモリは、前頭前野背外側領域(DLPFC)や腹外側領域(VLPFC)と帯状回の認知領域が協調して働く。
注意制御はワーキングメモリの中でも特に加齢の影響で衰退しやすいが、ACCとPFC間の機能的結合性が加齢の影響で劣化しているためではないかと推測される。
心の病気(うつ病や不安障害など)の人は、帯状回の認知領域の機能が低下し、情動領域が過敏になっている。認知領域と情動領域は、相互に、抑制しあっている。そうすると、
次のことが言える。
- 情動(感情)が過敏になっている場合、認知領域の活動がおさえられる。
- 情動(感情)が起きても、認知領域の機能が活動すると、情動を抑制できる。
すなわち、ワーキングメモリ(前頭葉と帯状回認知領域)が十分に機能しない場合、これがために、人は、感情にかられて、認知で他の有効な選択肢を選んで行動できずに、回避、強迫、依存、自殺、暴力、自傷、犯罪などの行動をしてしまう。また、心の病気を改善するような長期的な実践の結果、治癒するような心理療法の課題(長期目標の実現のために、今、課題を遂行する)の実行がむつかしくなっている。だから、心の病気や非行犯罪を治すためには、ワーキングメモリの機能を活性化するような方向で助言することが肝要であることになる。
近時記憶・長期記憶の形成と取り出し
今回は、上記の太字の部分である。心理療法は、長期記憶が関係する。カウンセリングに来ても、1回だけとか、2,3回で、カウンセリングを中止するクライアントがいるが、それでは、治癒しない。通院方式によるカウンセリングでは、面接の時に、課題を与えて、次の面接までに、実行してもらうことがある。だが、ワーキングメモリの機能が、特に、低下したクライアントは、実行すべき課題を近時記憶、長期記憶に形成できない、または、適切に、取り出すことができないかもしれない。そのために、カウンセリングを中断するのかもしれない。(ほかに、意欲がない、長期報酬にむすびつける機能が働かない場合も推測される。これは、次で考察する。)
クライアントが、指導者から与えられた課題は、「選択肢」になる。課題を近時記憶(作業記憶ではなく、数日間の記憶)か長期記憶(長期記憶は、短時日ではなくある日数かかるが)に形成できれば、次回の面接までに、取り出して、実行するかもしれない。記憶される部位は、海馬や大脳新皮質(側頭葉など)などである。
ところが、前頭前野や帯状回記憶領域の機能がことに、おとろえているクライアントは、実行すべき課題を記憶し、適切な時間に思い起こすことがむつかしいだろう。
記憶については、前頭前野と、図のように、帯状回の記憶領域(D、脳梁膨大後方部)が重要な役割をはたしている。
「この領域(記憶領域)は側頭葉内側部と前頭前野背外側部との連絡が密である。海馬を中心とした側頭葉内側部は、症例H.M.の報告以来長期記憶の形成に不可欠であることが知られており、前頭前野背外側部はワーキングメモリを司る代表的な皮質である。脳梁膨大後領域は海馬台の錐体細胞からの投射を多く受け、前海馬台に投射する。」
「海馬への入力のかなりの部分は直接・間接に脳梁膨大後領域から入ってくるといってよい。」
「脳梁膨大後領域は、前頭前野とも密接に連絡している。そのうち、主溝の深部や背側壁(46野)と、さらに背側にある9野が最大の入力源であり出力先でもある。」
「前頭前野は背外側部以外にも、眼窩面と内側面の皮質が脳梁膨大後領域に投射し、また逆方向の投射を受ける。このように入出力から見ると、脳梁膨大後領域は長期記憶形成とワーキングメモリ処理の間のインターフェイスとして機能していると考えられる。」
(1)
課題の遂行が重視される心理療法を通院方式で行なう場合、クライアントが、課題を記憶すて、適切な時期にワーキングメモリを機能させて、長期記憶からひきだして、実行することが必要である。
そんなわけで、記憶機能が特に、おとろえているようなクライアントの場合、心理療法を行うには、くふうが必要だろう(次回の長期報酬とも関係する)。
課題を思い起こせるような工夫(プリントを与える、家族が同行する、毎日か2,3日に1回のデイケアに参加など)や、入院方式が考慮されるべきだろう。また、うつ病は、記憶機能が低下しているのも症状の一つであるが、帯状回の記憶領域を活性化するような課題(記憶し、思い出す練習)を繰り返し行なうことも効果があるかもしれない。
(注)
- (1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23 No.11(帯状回) 、「霊長類における帯状回の機能解剖学」小林靖(防衛医科大学)、1229頁。