長期間の課題実践の結果得られる「治る」という報酬
認知行動療法やマインドフルネス心理療法(自己洞察瞑想療法もその一つ)のような課題遂行型の心理療法が成功するには、クライアント(患者)が課題を実行することが必要になる。それは、動機づけであり、脳神経科学では、報酬回路が深く関係する。2,3か月先に「治る」という報酬効果が出てくるが、そのようなすぐには報酬が選れない課題を実行することが、心理療法である。そういう長期間の実践行動で得られる効果(報酬=治ること)を聞いて「快感」(長期報酬)を起こさないと、課題を実行しないだろう。
そのような長期報酬は、通院方式のカウンセリングの場合、自宅での実行時に、長期報酬を想起しないと、課題を実行しないだろうということが推測されるので、前頭前野の機能であるワーキングメモリが影響するだろうということを次の記事で考察した。
行動発現のための報酬回路
情動や報酬に関係する情報処理過程は多岐にわたるが、目標を達成して報酬を得ようという動機づけ、行動の計画、実行という目標到達行動がある。設楽氏によれば、こうである。
「我々の日常生活での行動で最もよく見られる過程の一つ、即ち、目標を達成し報酬を得ようという動機づけによって行動を計画し、それを実行に移す目標到達行動の過程を考える。この過程では、もし試みた行動によって報酬が得られなければ、試行錯誤によって行動を修正して報酬を得られるような方向に進むよう学習し、よりよい行動をとるようになっていく。」
「この際、我々は絶えず現在の状態と到達目標とを比較し、目標に近づくほど期待が高まる。従って、このような動機づけに基づく目標到達行動の情報処理に際しては、報酬に対する期待の大きさが重要な要素の一つであり、これに対応する神経活動が脳内に存在することが予想される。」(1)
では、報酬期待の大きさの情報処理を行なっている部位はどこだろうか。
大脳皮質→大脳基底核→視床→大脳皮質というループ回路がいくつかあるが、どこを、通るかで機能的な違いがあるといわれている。
[前部帯状皮質→腹側線状体→腹側淡蒼球→視床背内側核→前部帯状皮質〕という回路も、このループ回路の一つであるが、「この回路は情動や動機づけに関連した重要な刺激に反応して運動を開始するときに重要であるといわれているものである。」(2)
このループの中で、腹側線状体(側坐核)は、次のような位置にある。
「側坐核(腹側線状体)は、視床下部、視床背内側核、扁桃体、海馬、前部帯状回およびOBF(眼窩前頭前野)からの入力をもっている。」
「すなわち側坐核は情動系および学習・記憶などの認知系の両方の情報が入力する。したがって側坐核は、刺激を判断し学習して続行するか回避するか、動物に適切な行動をとらせる位置を占めているのである。」(3)
このような報酬期待は、長い(3カ月〜2年)治療期間を必要とする心理療法を継続するために、患者の長期報酬期待をカウンセリングの中で考慮することが、治療に成功することになる。薬物療法だけだと、3か月、効果がないと、患者の報酬期待は急速に失われていくだろう。
(注)
- (1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23 No.11(帯状回) 、「帯状皮質における動機づけ・報酬期待の情報処理機構」、設楽 宗孝(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門システム脳科学研究グループ)、1236頁。
- (2)同上、1237頁。
- (3)同書、「自律神経系と帯状回」大村裕(九州大学名誉教授)、1265頁。
長期報酬に反応する前部帯状皮質
設楽宗孝氏は、前部帯状皮質の報酬期待の機能を調べた。
「帯状皮質は脳梁の背側に位置する前後に位置する前後に長い皮質領域で、内側面の帯状回および帯状溝内部よりなり、情動や動機づけに深く関わっているとされており、歴史的には、Papezの提唱した情動回路(海馬体、乳頭体、視床前核群、帯状回、海馬傍回を結ぶ神経回路)の一部となっている。」
「その前半(吻側部)がより情動に直接的に関係するaffective division(情動部位)であるのに対し、後半(尾側部)はより認知制御に役割を果たすcongnitive division(認知部位)と考えられてきている。」(1)
長期報酬を求めて行動する時に、まだ、報酬がえられていない期間に反応するニューロンが、前部帯状皮質にあることがわかった。多試行報酬スケジュール課題によって確認された。
「日常生活で我々が行動するとき、通常、目標を達成して報酬を得ようというモチベーション(動機付け)によって行動を計画しそれを実行に移す。この際、我々は目標に近づくほど期待が高まる。この期待の大きさは脳内のどこでどのように表現されているのだろうか?この点を調べる為、我々はモチベーションの大きさをコントロールして報酬期待の大きさを調べることのできる実験課題を開発した。この課題は「画面中心にあるターゲットの色が赤から緑に変わったら、1秒以内にバーから手を離す」という単純な試行から成る。通常の課題では、この試行を1回正解すればサルに報酬のジュースが与えられるが、ここでは4回正解しないとジュースが得られないとした。するとサルは1回目、2回目、3回目と報酬に近い試行ほど正解率が上がり、報酬への期待が高まった。この時、サルの前頭葉内側部にある前部帯状皮質より単一神経細胞の活動を記録・解析したところ、図のようにスケジュールが進行するに従って反応強度が徐々に大きくなるものがあることが分かり、報酬への期待の大きさを表していると考えられた。」(2)
前部帯状皮質の報酬期待のシグナルの特徴について、こう述べる。
「前部帯状皮質では、目標に到達するまでの前段階である無報酬ステップでのみ反応が漸増するニューロン群が、報酬試行で反応が最大になるニューロン群とほぼ同数存在し他の領野よりも割合が多いことから、これが報酬の予測や葛藤・いらだちの大きさに最も関わるシグナルである可能性がある。また最近、松元らは、報酬期待と運動意図の組み合わせを表現するシグナルが前部帯状皮質にまず現れ、視覚刺激呈示後の遅延期に前頭前野背外側部に広がることを、サルを用いた単一ニューロン活動解析結果から報告し、前部帯状皮質は報酬期待から運動意図を引き出す過程を担っていると考えている。」(3)
松元氏らの報告は、上記の前頭前野の記事でふれた(4)。→(C)
こうした前部帯状皮質における報酬期待の機能の障害が、種々の精神疾患に関係しているようである。これを考慮して、治療のすすめ方、カウンセリングを工夫する必要がある。
「動機づけの障害が背景機序として推定される強迫性障害や薬物乱用の患者の脳を機能的MRIやPETなどで調べると、前部帯状皮質に通常よりも強い活動が見られるという報告があり、
うつ病患者では前部帯状皮質の活動の減少が見られるという報告もある。」(5)
(注)
- (1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23 No.11(帯状回) 、「帯状皮質における動機づけ・報酬期待の情報処理機構」、設楽 宗孝(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門システム脳科学研究グループ)、1236頁。
- (2)「前頭葉内側部に報酬への期待の大きさを表す脳神経 細胞を発見」設楽 宗孝、
日本生理学会HP(http://physiology.jp/exec/page/stopics4/ )
- (3)前掲、「帯状皮質における動機づけ・報酬期待の情報処理機構」1239頁。
- (4)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、2005 Vol.23、Np.6「前頭前野と目的指向的行動」田中啓治、松元健二、643頁。
- (5)前掲、「帯状皮質における動機づけ・報酬期待の情報処理機構」1237頁。
「前頭前野と目的指向的行動」田中啓治、松元健二、642頁。
すぐには報酬が得られない行動でも、後に報酬が得られることを期待して、行動するということは、心理療法の治癒過程にもある。治る期待が強まれば、治療を継続する。心理療法は、特に、これが重要である。前部帯状皮質が関係するだろう。
心理療法の現場では、患者の中には、カウンセリングを1、2回で中断する患者もいる。治るだろうという報酬期待を得ることができない重症の患者だ。クライアントによっては、前部帯状皮質が障害されていると、長期報酬の課題を実行しないことが推測できる。中断するクライアントの一部は、そういうことを想定して、治療方針をたてる必要があるかもしれない。