うつ病と前頭前野(1)

 =うつ病は、前頭前野の機能低下か?

 脳科学者、川島隆太氏(東北大学未来科学技術共同研究センター教授)が全国の老人施設と協力して始めた認知症の治療法研究の取り組みが紹介された。

簡単な学習で認知症が改善

 認知症の患者の脳機能が、文章の音読、簡単な計算(つまり簡単な「学習」)を毎日短時間続けることでよみがえるケースが全国で報告されている。文章の音読、簡単な計算の繰り返しによって、脳機能、特に創造力をつかさどる前頭前野を活性化する。やがて、人格までに変化が現れ、介護職員とのコミュニケーションが復活するなど、脳と心がよみがえる例が報告されている。これは「学習療法」と呼ばれている。

うつ病への応用も

 私が注目したのは、前頭前野の働きである。うつ病は、前頭前野の働きが弱っているようで、うつ病の治療には、前頭前野の活性化が不可欠だろうという推測である。セロトニン神経を活性化させるという方針だけでは、すぐには、うつ病は、治りにくいようである。セロトニン神経に作用するという薬物療法で軽くなった患者が、再発することも多いし、薬物療法が効かない患者もいる。私どもの心理療法を始めても、気分の好転が持続するようになるには、2〜3カ月かかる。意欲やほかの症状がもとに戻るには、さらに、3〜1年かかる。確かにうつ病は、セロトニン神経が弱体しているようだが、気分や意欲そのものは、セロトニン神経ではないから、うつ病は、セロトニン神経に修飾される周辺の臓器(脳内の)の不調だろうとは、推測していた。現在の薬物療法の薬理作用は、前頭前野には作用せず、セロトニン神経に作用する(再取り込み阻害)。次の(A)である。心理療法は、前頭前野の活性化にも直接(たとえば、行動活性化の技法)、作用するかもしれない。心理療法には、次の(A)はあるのがわかっているが、(B)もあると思われるふしがある。しかし、正確なメカニズムはわかっていない。 すなわち、心理療法は、次の、セロトニン神経経由しか作用しないのか

前頭前野の働き

 川島さんの説明によれば、前頭前野は、次のような機能に関係している。  うつ病の症状は、次の記事にかいたが、前頭前野の働きが、かなり関係している。

うつ病治療の新しい療法の開発へ

 うつ病になった人は、川島氏があげた働きが低下している。セロトニン神経は、他の臓器の作用を抑制したり修飾する機能、冷静な覚醒状態を作る機能が主であるから、セロトニン神経が活性化することが、そのまま、うつ病の症状が改善することを意味しないとは推測されていた。セロトニン神経が活性化することにより、それが影響するどこかの臓器の働きが活性化することにより、うつ病が治ると推測される。そのような、うつ病に直接関係しているのが、前頭前野だろう。これは、前頭前野の研究をしている多くの脳神経の研究者の一致した意見である。
 そうだとすれば、うつ病の治療のための新しい方法が、示唆される。うつ病を治療するには、前頭前野を活性化するような方法を患者に提供すればよいことになる。前頭前野は、上記のような働きをするので、そこは、心理的な助言、心理的なストレスが直接影響する場所だろう。
 川島氏の研究で、簡単な計算、黙読より音読で、特に前頭前野が活性化することがわかった。学習療法という。 認知症の患者の、記憶力、コミュニケーション能力、意欲、行動が改善された。そうだとすると、「うつ病」の治療にも、応用できるかもしれない。前頭前野は、複数の機能を担当しているようで、一つの機能(たとえば、上記の計算、音読)が活性化すると、他の機能も活性化するよだという。そうだとすれば、似たような、前頭前野を活性化する行動を、うつ病の患者に繰り返してもらうと、うつ病が治るかもしれない。前頭前野の機能とされている、他の機能が活性化するかもしれない。
 簡単な「学習」のほかにも、親しい親と向かいあって会話することがわかった。友人などと対面して会話すると、前頭前野が活性化するが、携帯電話で会話すると、前頭前野は活性化しないこともわかった。このことは、視覚情報を活性化すると、前頭前野も活性化するということだ。
 こういうことから、うつ病の治療への心理療法のヒントがみえてくる。学習療法を、うつ病にも行ってみる価値がある。また、  うつ病の改善には、電話相談やメール相談よりも、
(1)ウンセラーと会って面接するカウンセリング、の方が有効であることを示唆する。
 また、すでに、助言しているが、うつ病の人は、部屋にとじこまらず、
(2)家族と一緒に食事する、会話すること、
(3)ストレスにならない公共の場所(図書館、喫茶店など)に行くこと、ストレスにならない人とあう(患者会、ストレス緩和の実践会など)こと、
(4)朝、起きるのはつらいが、できるだけ起きるように、
(5)公園などで風景を見る、美しい写真などをただ評価をまじえず見ること、などが視覚を通して、前頭前野を活性化して、うつ病を改善することに効果がある理由かもしれない(私どものカウンセリングでは、こうしたことをすすめている。)
 このことは、インターネットによるコミュニケーションは、あまり前頭前野を活性化しにくいのではないかということも推測される。インターネットに依存する人は、心の病気になりやすいともいう(有田秀穂・東邦大学教授)。うつ病になってからも、インターネットによる言語のみのコミュニケーションでは、顔を見るような非言語のコミュニケーションではないので、前頭前野はあまり、活性化しない(他の研究もご紹介する)ので、うつ病などの治癒には限界があるかもしれない。助言を得た後で、前頭前野を活性化させる行動に移れば効果があることになるのだろう。
 私どものカウンセリング技法が、このような最先端の脳科学の成果とも矛盾がないかどうか、こういう脳科学の動向には常に注目している。別の記事で指摘したように、現実からかけ離れた独断的解釈による技法にいつまでも執着したくないからだ。治せない技法に執着していれば、クライエント(患者)を治せず、長く苦しめてしまう。本当にその時代の人々の苦悩を解決するためには、宗教も心理療法も、常に時代にあって変化させていかなければならない。心理療法に種々の流派があるが、固定した技法しか用いない流派、カウンセラーは、多様な心の病気の人を治すことはできないだろう。私どもの心理療法も、固定したものはないと考えている。種々の療法プログラムを研究開発していかねばならないと思っている。
 このような脳科学の成果、アメリカでのマインドフルネスをとりいれた療法など、そういうことをおりこんだ、心の病気を治療するための新しい療法プログラムを、種々試験してみたい。種々のプログラムとは、長引くうつ病、自殺念慮のあるうつ病、パニック障害、対人恐怖症、過食症、夫婦間の不和、などには、それぞれ、多少異なった療法プログラムが必要だという意味である。通院方式、入院方式も違うプログラムになるだろう。違う障害、違う症状、違う経過、違う期待をもつ多様な患者さんのために多様な「自己洞察瞑想療法」の治療プログラムがあるべきだろう。
 個別カウンセリングをおりこむ/おりこまない、ある技法を織り込む/織り込まない、生活行動の指導(行動的技法)をおりこむ/おりこまない、自己洞察療法(動的機能分析法、マインドフルネス)をおりこむ/おりこまない、こういう技法の相違で、改善効果に差異があるのかどうか、比較研究して、効果の大きい治療法を開発することが重要である。大勢の人が参加しても、数年〜十年かかるだろう。これまで、私どもは、個別カウンセリング方式で、自己洞察法を取り入れた綿密な心理療法を適用して一定の効果があったが、この方式は、カウンセラー側のコストが大きい。今後、コストをかけずに効果のある療法プログラムの研究をしたい。自己洞察法は、心理への影響が大きいのは確実(注)だから、これは必ず織り込む。そういう療法が開発できれば、カウンセラーも容易に習得できて、病院などで看護士や種々のNPOで、スタッフが提供できるようになるはずである。うつ病(他の多くの心の病気にも言えるだろう)の治療は、薬物療法だけでは限界がある。

(注)アメリカのマインドフルネス、アクセプタンスの心理療法の臨床試験での効果といい、これから概観する前頭前野の研究の成果(特に、ワーキングメモリー)といい、自己洞察法があっているようである。