うつ病治療への新しい研究成果=うつ病は前頭前野の機能不全
うつ病の治療に、使用される抗うつ薬は、セロトニン神経に作用するので、うつ病については、セロトニン神経との関係がしばしば説明される。しかし、うつ病は、セロトニン神経だけの障害ではなさそうであると研究者は考えている。
広島大学の岡本泰昌氏および山脇成人氏の論文(注)に次のように記述されている。
「多くの研究者が、前頭前野がうつ病の病態に大きな役割を果たしていると考えている。」(681頁)
セロトニン神経は効いていると推測されるのに、うつ病は治らないケ−スがあるからである。セロトニン神経そのものは、思考判断、意欲、記憶、行動、感情、気分、などには直接関わっておらず、そういう機能を抑制したり、修飾する作用である。ところが、うつ病になると、思考判断、意欲、記憶、行動、感情、気分、などが障害される。だから、うつ病は、セロトニン神経のほかの部位も、機能が低下・障害されていることが推測されている。その部位は「前頭前野」である。うつ病が治るには、セロトニン神経だけではなくて、前頭前野の機能が活性化する必要があるようである。
岡本泰昌氏らは、うつ病と前頭前野の関連を研究しているが、この論文に、次の記述がある。
「うつ病の安静時の脳血流・代謝に関しては、左の前頭前野や帯状回前部での低下が比較的一致した見解として得られている。」(679頁)
MRI装置を用いて、健常者とうつ病者の脳の活動の比較を行った言語流暢性課題の研究では、次の結果がみられた。
「これらの結果から、うつ病患者では言語流暢性課題遂行中に賦活される左前頭前野の機能低下が示唆された。言語流暢性課題は、自らの記憶からの言葉の取り出しをみている。これは、うつ病者の症状のなかで精神抑制(抑止)に関連しているものと考えられる。例えば女性うつ病患者の場合、夕食の献立が浮かばないといった訴えを聞くことがある。これらの訴えは記憶にある料理のレパートリーから、本日の献立を状況に合わせて取り出してくる作業であり、この作業は言語流暢性課題とかなり類似している。」(680頁)
うつ病者は自殺しやすいが、興味深い研究が報告されている。文字を見せて、ボタンを押す作業をする試験によって、うつ病者の反応を調べた。
「この結果は、うつ病患者において右前頭葉の反応性が低下している可能性を示唆しており、そのため行動の抑制機能が不良となることが想定される。そのため、自殺などの衝動行為がおこりやすくなるものと考えられた。」(681頁)
こういうわけで、うつ病を治す心理療法も、前頭前野を活性化するものでないと、うまく治らない、そういうことが推測される。
現在の薬物療法は、セロトニン神経に作用させるが、うつ病には、間接的な効果によって治っている可能性があるわけである。心理療法では、うつ病は、認知療法、対人関係療法、行動活性化療法、「自己洞察瞑想療法」(マインドフルネス&アクセプタンス)などで、改善されているが、前頭前野への作用メカ二ズムは解明されていないが、これらの脳の研究によって、推測できるようである。
「自己洞察瞑想療法」との関係
自殺のメカ二ズムも、前頭前野の障害によっておきていることが示唆されるので、心理療法にこれをとりいれることができる。抑うつ気分と自殺念慮が結合しており、一度、これが結合されたうつ病患者は、少しのストレスによって、結合が起こり、その衝動を止める機能が不全のために、自殺を決行するというのが、私の推測である。従って、私どもの、うつ病者の心理療法には、このメカニズムの解消に特に強い焦点を注ぐ。「基本的機能分析法」と「動的機能分析法」によって、抑うつ気分と自殺念慮の結合の解消、および、抑うつ気分に無評価でとどまり続けること(マインドフルネスとアクセプタンス)を繰り返し訓練することを助言する。
(注)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23
前頭前野は、図の左、脳の前部