前頭前野とワーキングメモリ

 京都大学教授、舟橋新太郎氏が、「前頭前野とワーキングメモリ」という論文を掲載している(注1)。

実行制御と実行機能

「新療法」は、注意集中、選択力のスキル訓練を行うことによって、クライアントの非機能的行動を制御できるようにして、生み出される行動が、病気や非行・犯罪にならないようにすることをめざしている、といえる。)

 実行制御は、次のような機能である。 「新療法」では、感覚や目前の仕事などに注意を集中する訓練を繰り返し実行することを毎日の課題とする。「長期記憶からの情報」は、たとえば、長期的な願い・価値を思い出すことが「新療法」では用いられる。病気を持続させてしまう回避、依存などの行為に向かおうとする時に、願い・価値を瞬間に思いだすこと。さらに、自己のプロセス全体と部分関係を繰り返し学習しておくことも、長期記憶の形成であり、それを、瞬間瞬間にとりだすように訓練する。これを「動的機能分析法」と呼ぶ。「必要な情報の処理、必要な情報の出力、不必要な出力の抑制」は、もちろん、「新療法」でめざすことである。不快な感覚、症状でも、注意を集中し続けて、問題を持続させる反応、行為を選択せず、効果的な反応を思いおこして選択する力のスキル訓練を行うことによって、クライアントの非機能的行動を制御できるようにして、生み出される行動が、病気や非行・犯罪にならないような「行動」にすることをめざしている、といえる。呼吸法は、離れたら戻ることを繰り返すことにより注意力の向上、「ここ」にとどまり観察する力、衝動的に非機能的な行動に移らない力、などを向上させることを目標とする。) 「新療法」は、長期・短期の願い・目標、種々の機能的な技法を長期記憶(そうなるように繰り返し訓練する)に保持し、職場・家庭の日常生活の場面で感情的な場面や行動時に、取り出して、機能的な応答をすること、時には、欲望、感情、行動を「機能特異的な技法」によって調節することなどが「新療法」で訓練される。そういう意味で、「新療法」は、ワーキングメモリの適正化といえよう。)

 ワーキングメモリは、視覚、上肢・下肢の運動といった脳の様々な部位でも存在する(「機能特異的ワーキングメモリ」)が、前頭前野のワーキングメモリは、特有の活動をしているらしい。舟橋氏は、前頭前野は、「汎用ワーキングメモリ」の働きをするという。 「新療法」では、「自動思考」「感情処理」「気分処理」「対人関係処理」「症状処理」などを焦点にするが、こういうところに、サブシステム、「機能特異的ワーキングメモリ」が働くと言える。この個別の反応ではなくて、全体をみとおした洞察力で、行動していくことになる。 「新療法」では、たとえば、「視覚」にとどまり続けることを教えるが、視覚、言葉、そこに注意を集中し続けるという訓練には、前頭前野のコントロール機能を回復させようとしているとみることができる。感情についても、まず感情の抑制の処理方法の再訓練がされる。だが、そういう個別の訓練だけでは十分な成果はあがらない。たとえば、腹式呼吸法を行うだけ(セロトニン神経の作用だけという限定された効果にすぎない)では、精神疾患は治りにくい。全体プロセス、つまりは、「汎用」ということ、長期的展望のない治療技法だけでは、改善効果が薄いだろう。腹式呼吸法だけでは、機能特異的であり、種々の心理療法体系や認知療法さえも(もし、固定観念にのみ焦点をあてれば)が、「機能特異的」になってしまうかもしれない。)

前頭前野は「汎用ワーキングメモリ」

「新療法」は、自己の精神・行動の活動全体を洞察し、その時々のこまかな内的経験、行動(それは「部分」である)を長期的には、価値・願いを実現する方向で(長期的、全体的)生きていくスキルを常に実践している(「動的機能分析法」を常に行っている)ことをめざすことになる。「汎用ワーキングメモリ」を適正に働かせようとしているといえるようである。認知療法は、認知のゆがみに焦点をあてるが、第三世代の「新療法」は、メタ認知の修正、自己全体の活動スキルにかかわっているようだという理論の反省がある。)

注意の3つの要素

 「汎用ワーキングメモリ」の要素の一つに、「注意」がある。これについては、別の論文に、3つの要素からなるという指摘がある(注2)。(詳細は、別にふれる) 「新療法」は、マインドフルネス、アクセプタンスで、まさに、この「注意」の3つのスキルを向上させるのが、重要な方針となっていて、そのために種々の技法がある。詳細は、別な機会に考察する。)

 また、船橋氏の論文に戻る。 「新療法」は、この(A)の汎用ワーキングメモリの機能回復をめざすとも言える。ただし、腹式呼吸法だけの技法でも、、セロトニン神経を活性化して、無意識レベルでの、抑制作用を強化させるような、「機能特異的」なスキルも用いることになる。精神疾患には、種々のもの(気分障害、不安障害、依存症など)があるが、それは機能特異的に、あるサブシステムの機能不全ともいえるが、基本的な汎用ワーキングメモリのレベルでの注意、制御機能が強化されれば、トップダウンで治る可能性があるのだろう。どのような精神疾患でも、基本的な自己洞察法(「基本的機能分析法」「動的機能分析法」「基本リラクセーション法」「動的リラクセーション」などだけでも、訓練強化すれば、軽減するに至るからである。次の文が、新療法と前頭前野の関係をしめくくる。新療法の研究発展は、最新の脳神経科学の研究と同じようなところをみていると言えよう。新療法の方向こそ、心の病気、非行・犯罪の治療、予防の重要な鍵をにぎるものだということを予感させる。その新療法を研究する研究者、それを臨床に適用できるセラピスト(カウンセラー)が増えることを切に願う。)
(図2)汎用ワーキングメモリと機能特異的ワーキングメモリ


汎用ワーキングメモリ

  ↑↓ ↓↑
機能特異的
ワーキングメモリ
(運動情報処理)



機能特異的
ワーキングメモリ
(感覚情報処理)
   

運動出力

   
感覚入力