前頭前野と繰り返される情動行為
ワーキングメモリについて、和歌山県立医科大学の、西林宏起氏、板倉徹氏が、「前頭前野の外傷」について、論文を掲載している(注1)。
(「前頭前野、ワーキングメモリと自己洞察瞑想療法」とでもいうような論文を書くべきであると思うが、ここでは、さわりだけを述べておく。「自己洞察瞑想療法」(これは、私どもの心理療法で、MATと同じ)および、アメリカのマインドフルネス・アクセプタンス心理療法(MAT)は、前頭前野、ワーキングメモリに対して直接働きかけて、前頭前野を活性化させて、種々の精神疾患や、対人関係維持不全の改善をめざしている療法といえるようである。こういう日米の2つの新・心理療法(ここでは「新療法」という)との関係をごく簡単に(前頭前野・ワーキングメモリと新・心理療法の関係)にふれておく)
作業記憶、ワーキングメモリ
「前頭前野は、自発性、発動性、円滑な情報処理、注意、集中、思考の転換、過去の反応を記憶にとどめながら次の反応を計画する作業記憶 working memory などに関与すると考えられている。」(658頁)
前頭前野が事故の損傷や腫瘍による手術での切除などで、損傷を受けると、障害が起きる。
「前頭前野が脳外傷などによって損傷されることで、行動を管理し、遂行することや、思考を組織化、構造化することが障害され、いったん誘発された反応や知覚が不適切に繰り返される保続が認められる。また、こうした機能が落ちていることの自覚が欠如したり、易興奮性や感情鈍麻などの情動の変化、あるいは情動による行為を制御したり促進したりできなくなるなどの症状が認められる。特に、前頭前野腹側内側面では感情の抑制傷害、背外側面では無関心無欲状態が顕著となる。」(658頁)
(うつ病、パニック障害ほか、多くの精神疾患で、回避、依存などの行為が繰り返される点では、過去の反応が記憶されていて、同じ行為をとってしまう点で類似する。情動や衝動は、強力であり、言葉だけの単なる説得だけでは、形成された行動パターンは修正されにくい。前頭前野の活性が低下している場合には、特に、過去の情動パターン、行動パターンの抑制が困難であろう。
うつ病の重症者では、面接を繰り返して、頭では自殺念慮は、病気の症状だから自殺を決行しないと
約束していても、抑うつ気分がひどいときには、自殺念慮が出てくると訴える。パニック障害の人は、治療の結果、寛解に至っても、強い情動体験が起きると、再びパニック発作(嘔き気など)が起きることがある。このような例をみると、思考、論理によらずに、誘発される自殺念慮や発作がある。これは、思考、意識が関与しない反応であり、「いったん誘発された反応や知覚が不適切に繰り返される保続」に類似する。思考では、直接、誘発を止めることはできず、長期的な前頭前野の活性化によるほかないのではないか。つまり、うつ病やパニック障害の重症な障害は、短期間の相談だけでは、治らないことを示唆する。長期的な取り組み、前頭前野の活性化の治療が要請されることが推測される。自殺防止対策、ニート解消対策に、そのような配慮が必要であろう。
うつ病やパニック障害が「新療法」で、寛解した場合、課題にした自己洞察法を、生涯、実行するように指導する。職場や家庭で、行動中にも、感情に激しないように、常に気をつけているように実行することを助言する。すなわち、「動的機能分析法」である。毎日、30分、腹式呼吸法を行え(「静中、基本的機能分析法」)ば、十分というのではない。常に、自分の心を観察している。動的な制御である。再発しない人は、そうするが、再発する人は、油断して自己洞察法を実行しなくなって、大きなストレスに遭遇した時、また、感情を大きくゆるがすので、同じ障害(うつは、うつを。パニック発作はパニック発作を。過食は過食を。飲酒は飲酒を)を誘発する。誘発刺激と反応パターンが保持されているようである。つまり、心の傷のようになっていて、同じ傷、同じ症状が繰り返されるようである。
パーソナリティ障害や非行・犯罪、虐待、家庭内暴力などにみられる「易怒性」も、「情動による行為を制御」できないという問題も、前頭前野の活性化を治療や更正プログラムにおりこまないと、言葉だけの説示では、改善しないのではないか。
「新療法」は、注意集中、選択力のスキル訓練を行うことによって、クライアントの非機能的行動を制御できるようにして、生み出される行動が、病気や非行・犯罪にならないようにすることをめざしている、といえるが、前頭前野の活性化には、どのような技法を追加するべきなのか、障害、問題によって異なるから、研究が必要である。
クライアントの人は、言葉だけの説示では、固く保持された反応パターンの修正には、長期間かかkるので、重症の疾患や長期化した疾患は、簡単に治るとは期待できない。毎週か隔週に、反応パターンの修正の訓練に参加しないと、治りにくいだろう。だから、全部の県に、数カ所、前頭前野の活性化訓練のカウンセリング所ができることが、長引く社会問題の改善になると思われる。)
- (注1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23。頁は、これによる。