認知症と前頭前野と音読・計算

 東北大学の川島教授の前頭前野の研究は、次の記事で触れた。  「月刊 臨床神経科学」にも、記載された(注1)ので、概要をみておく。

(A)音読と脳の関係のモデル

 音読を行うためには、次の機能が必要である。
脳の部位 その部位が行う働き
頭頂連合野
  • 注意機能 =文字列を認識する視空間性注意
  • 側頭連合野
  • 漢字の認識(下側頭回後半部)
  • 平仮名の認識(上側頭回後半部)
  • 大脳左半球の頭頂連合野から前頭前野の下前頭回、運動野
  • 言語知識=文字知識、音韻知識、意味知識、文法知識
  • 大脳左半球の補足運動野、運動前野、前頭前野の下前頭回
  • 運動機能=発語
  • (B)計算と脳の関係のモデル

     計算を行うためには、次の機能が必要であると考えられている。数式列の存在を認識するための視空間注意、アラビア数字を認識するため視知覚機能、数的概念、計算システムなどが必要である。
    脳の部位 その部位が行う働き
    側頭連合野の下側頭回後半部
  • 数字の認識(形態の認知に係わる)
  • 大脳左半球の頭頂連合野
  • 数的概念=抽象的な数の概念
  • 単純計算を行う場合には、算術的事実と呼ばれている長期記憶として蓄えられている知識を読み出すことによって行われていると考えられる。
  • 前頭前野
  • 複雑な計算は、多くの領域が協調するが、前頭前野の活動が中心と推測される。
  • 音読中の脳機能

     健常な人を対象として、音読中の脳の活動を計測した。その結果、(A)の領域は、すべて活性化しているほか、「音読によって、左右半球の前頭前野の下前頭回を中心とした領域が活性化することが証明された。」(注2)

    計算中の脳機能

     健常な人を対象として、計算中の脳の活動を計測した。2秒に1問ずつ、一桁の足し算、引き算、掛け算を、提示して、暗算で解かせた。その結果、(B)の領域は、すべて活性化しているのに加えて、「右半球の相同領域や、後頭葉や側頭葉の左右半球の広汎な領域に活性化が認められた。」「単純計算を行うことで、大脳左右半球の前頭前野の背外側部を中心とした領域が活性化することが証明された。(注3)

    音読と計算を用いた認知症のリハビリ

     川島教授が、アルツハイマー型認知症の患者に対して、1日15分から20分の音読と計算の学習を行う試験を行った。
    「学習開始後6カ月の時点で、生活介入群と対照群との間には有意な差が生じた。」
    「音読や計算を生活介入として用いて、前頭前野を使うトレーニングを繰り返すことで、認知症高齢者の前頭前野機能を改善し、認知機能の低下を防ぐことが可能であることも示唆された。」(注4)
     音読・計算によって、前頭前野の機能が回復することが確かめられた。このことに注目するのは、薬物療法によらないで、前頭前野が活性化するということである。
     うつ病の患者も、前頭前野の機能が低下しているといわれている。  薬物療法で効果がなかったうつ病の患者にも、前頭前野を活性化するような作業を継続すれば、うつ病が軽くなる可能性があることになる。アメリカでは「行動活性化療法」が、うつ病に効果があることがわかっているが、その行動が、前頭前野を活性化しているせいであるかもしれない。薬物療法が効果がない「うつ病」の患者に対して、このような治療法の開発研究をする価値があると思う。
     うつ病になると、前頭前野に関連するとされる機能の低下がみられるので、前頭前野を活性化するような作業(うつ病には、同様の音読、計算がいいのか、ほかの作業がよいのか研究課題である)をすると、うつ病が改善するかもしれないのである。薬物療法が効かない「うつ病」を治す治療法の開発のため研究の価値があるのではなかろうか。