注意・制御の前頭前野と自己洞察法(2)
=(2)活動低下した前頭前野の行動を高める方法
前頭前野には、種々の機能があるが、今は、注意機能に焦点をあてよう。
健常な人の前頭前野は、注意機能、すなわち、(a)選択機能、(b)覚度ないし維持機能、(c)制御機能が、バランスよく行われている。しかし、脳の障害などが起きると、注意機能が低下するという。外傷によらず、心理的ストレスでも、前頭前野の機能がおとろえているようだ。ここでは、「うつ病」に限って考察する。
うつ病には、次の症状がある。自律神経、セロトニン神経、前頭前野などの失調による症状とみられる。
(参照記事→
うつ病の症状
@抑うつ(気分が重く沈みこむ)、A興味、喜びの喪失、B希死念慮、自殺念慮、 C食欲の減退、または増加、D睡眠障害(不眠または睡眠過多)、E焦燥(いらいら)または制止(動きがにぶい)、F疲れやすい、G自責、自己無価値の思考、H思考・集中力の低下、決断困難)
- (注)引用した記事は、「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23、による。
(A)前頭前野と繰り返される情動行為
前頭前野が事故の損傷や腫瘍による手術での切除などで、損傷を受けると、障害が起きる。(記事→
前頭前野と繰り返される情動行為)
「前頭前野が脳外傷などによって損傷されることで、行動を管理し、遂行することや、思考を組織化、構造化することが障害され、いったん誘発された反応や知覚が不適切に繰り返される保続が認められる。また、こうした機能が落ちていることの自覚が欠如したり、易興奮性や感情鈍麻などの情動の変化、あるいは情動による行為を制御したり促進したりできなくなるなどの症状が認められる。特に、前頭前野腹側内側面では感情の抑制傷害、背外側面では無関心無欲状態が顕著となる。」(658頁)
(「いったん誘発された反応や知覚が不適切に繰り返される」は、うつ病には、抑うつ気分から、希死念慮、自殺念慮が誘発されることがよく知られている。「易興奮性や感情鈍麻などの情動の変化、あるいは情動による行為を制御したり促進したりできなくなる」「無関心無欲状態」も同様に、うつ病にみられる。
)
(B)前頭前野の3つの部分
前頭前野は3つの部分に分けることができるが、そこに障害が起きると、それぞれ、異なる機能障害が起きる。(記事→
前頭前野の3つの部分)
- (a)背外側前頭前野が障害を受けると、注意制御、実行機能、発動性、発話、構えの転換、計画性、問題解決能力が損なわれる。
背外側前頭前野の機能とされる「注意」「実行」「問題解決能力」は、うつ病の患者は、阻害される。仕事や学業のような、持続した注意が必要な作業能力が低下する。
- (b)眼窩前頭皮質が障害を受けると、転導性・被刺激性の亢進、社会性の障害が起こる。
眼窩前頭皮質の機能では、うつ病者は、「衝動的行動」として、自殺行動がある。「社会性の障害」(抑制のきかない、無神経な、場面に不適切な行動)もあって、人と通常の応対が難しくなって、人にあわなくなる。その回避行動を継続すると、前頭前野の、この部分を活動させないで、症状が持続することが推測される。
- 前帯状回が、損傷を受けると、アパシー(発動性低下、意欲低下、発語低下、運動量低下、無関心、無感動)が起きるというが、うつ病には、このうちのいくつかがみられる患者がいる。
こうして、うつ病になると、前頭前野の機能が低下していることが推測され、そのような研究もある(記事→
うつ病と前頭前野)。
このような機能が改善すれば、うつ病が軽快したということになるだろう。もし、薬物療法で、こういう症状を改善できればいいのだが、セロトニン神経に作用する(そして、そこから前頭前野に作用するのだろう。)抗うつ薬では、症状が好転しない患者がいる。
機能が低下しているのを、薬物療法以外の方法で、あえて、その本来の機能のとおりに、働くように押し上げるように、行動療法を使えば、症状が改善するのだろうか。つまり、前頭前野の活性化が落ちている、反応が低下している部分をあえて、行動的技法で動かしてみる。その部位を興奮させるということになる。これは、うつ病は、回避であり、回避行動とは逆に行動を活性化すればうつ病の症状が改善するという「行動活性化療法」の方針である。日本では、うつ病の治療にはほとんど行われていないが、薬物療法で治らない人には、行ってみる価値がある。(記事→
行動活性化療法)
そういう視点から、前頭前野の機能の低下とされている機能を、行動的技法として行うことができるものがあるかを検討してみる。
(1)意欲
意欲は難しい。意欲がないのを、意欲を持たせるのは、難しいが、行動活性化療法では、うつ病患者でも、小さな快行動をすることをすすめる。うつ病を引き起こした仕事などへの行動ではなくて、それ以外のところでの、快いことをすすめる技法がある。
(2)運動量
そのような快いことのなかに、その患者の好きな「運動」があれば、前頭前野の機能を活性化することが推測される。
(3)「発語」
「発語」によって、前頭前野の機能が低下したのを改善する行動療法的な治療を行っているのが、東北大学の川島教授である。認知症の患者に行っている「音読療法」である。(記事→
認知症/前頭前野と音読・計算)
うつ病の場合にも、音読療法が効果があるのかどうかは、日本では、研究されていないだろう。
(4)「注意機能」
前頭前野の重要な機能に「注意」がある。この機能の向上は、自己洞察瞑想療法には重要な関係がある。
(続)「注意機能」については、別の記事にします。
(→
(3)前頭前野の注意機能と自己洞察法)