注意・制御の前頭前野と自己洞察法(3)

 =(3)自己洞察法は前頭前野の注意機能を高めることになるか?

 前頭前野には、種々の機能があるが、うつ病の症状に関係ある機能と治療法の可能性について考えている。
 (1)意欲、 (2)運動量、 (3)発語について簡単にみた。

注意機能

(4)「注意機能」
 前頭前野の重要な機能に「注意」がある。この機能の向上は、自己洞察瞑想療法には重要な関係がある。今回は、この前頭前野の「注意」機能と、「自己洞察瞑想療法」の技法は、注意スキルを訓練することを実行していることになるだろうということを考察する。自己洞察法は、「注意」だけではないが、ここでは、「注意」に焦点をあてる。  「自己洞察瞑想療法」の技法を、次の記事に図で示した。  今回は、この前頭前野の「注意」機能と、「自己洞察瞑想療法」の技法の関係について考察したい。

注意の3つの要素と自己洞察法

 脳の障害などによって前頭前野が損傷されると、「注意」機能が低下するという。注意機能は、 (a)選択機能、(b)持続ないし維持機能、(c)制御機能の3つがある。  前頭前野の「汎用ワーキングメモリ」の要素の一つに、「注意」がある。「注意」は、3つの要素からなる。 (記事→ 前頭前野とワーキングメモリ)

(1)選択機能

 私たちの心には、常に何かの情報が押し寄せている。自分の立場、願い、状況などによって、瞬間瞬間、最も重要な情報(感覚=仕事についての感覚もある、思考、感情、症状など)を、選択する必要がある。それが、うまくできないと、学業、仕事、対人関係に支障が起きる。うつ病の人や他の心の病気の人(非行犯罪を犯す人もそうであるが、以下、非行・犯罪のことはふれない)は、選択機能が、うまく行われなくなっている。たとえば、自己否定の思考とか、抑うつ気分に妨害されて、注意が向き、他の重要な情報に注意を向けない。
 <自己洞察法>
 自己洞察法には、この「選択機能」を訓練する要素もある。呼吸や、感覚に注意を向ける訓練で達成しようとする。うつ病の人は、思考(自己否定、将来不安、過去の後悔、他者への恨み、など多数)や、抑うつ気分に注意が向きがちであるが、それにとらわれずに、呼吸、感覚(見る、聞くなど)に注意を向ける、数えるなどの訓練を行う。思考や抑うつ気分に注意が向かっていることを自覚したら、すぐ、呼吸や感覚に注意を向ける。坐って行う訓練(「基本的自己洞察」という)と、日常行動しながら行う訓練(「動的自己洞察」)を繰り返す。 これを繰り返し実行することで、選択スキルが向上する。


(2)持続機能

 その個人にとって、その瞬間に、社会的な機能を達成するために、重要なことに、注意を集中することができないと、社会生活、職業生活がそこなわれる。たとえば、教室では、先生の講義に注意を向ける。課題を出されたら、大筋でできることを計画して、課題を終了しなくてはならない。しかし、持続性注意が損なわれる人は、すこしの刺激に反応してそれに、注意をとらわれて、大きな筋からそれて時間を浪費して、課題を終了できなくなる。その時、その場で、重要なことには、注意を持続して向けるスキルが必要になる。これも、心の病気の人には、そこなわれていることがある。
 <自己洞察法>
 自己洞察法には、この「持続機能」を訓練する要素もある。呼吸や、感覚に注意を向け続ける訓練で達成しようとする。坐って、「ゆっくり呼吸法」を行い続ける。思考、不安感情、抑うつ気分などに、注意が向かいそうになるのを油断せずに、呼吸や感覚(目前の見えるもの、その瞬間の音など)や、数えることに、注意を向け続ける。坐って行う訓練(「基本的自己洞察」という)と、日常行動しながら行う訓練(「動的自己洞察」)を繰り返す。面接時の実習では、呼吸法を行っている時に、軽く棒でふれたり、わざと音を出して、その棒の感触や音にふりまわされずに、呼吸法に注意を向け続ける訓練などがある。
 このような訓練と、他の技法である「価値・願いの保持・確認」と併用して、日常生活の中での課題訓練を続けていくと、押し寄せるストレス、思考、誘惑、感情などに、注意をうばわれることなく、自分の大切な価値(長期、短期がある)あるものに、注意を持続させることができるようになる。


(3)制御機能

 前頭前野の注意機能の一つ、「制御」機能は、次の機能である。  「制御」機能は、ある認知活動を中断するスキル、2つ以上の刺激に同時に注意を向けるスキルで、目的志向的な行動を制御するスキルである。ある刺激への反射的な反応を抑えること、行動の将来における帰結のフィードバックを含めた諸活動の統合機能などである。
<自己洞察法>
 この「制御」機能は、自己洞察法では、次のようなことで、訓練している。
 「注意の変換」は、認知活動を中断することだというが、たいてい、問題は「思考活動」を中断できないことである。否定、嫌悪、恨み、後悔などの思考を中断できず、苦悩を深めて、心の病気になり、非行の行動を起こす。だが、自己洞察法は、その「思考」を中断することを、繰り返し、練習する。呼吸法を行っている際中でさえも、「思考」におちるが、それを中断する訓練を行う。
 「分配性注意」の訓練も、呼吸法などに折込む。「2つ以上の刺激に同時に」というのは、たとえば、目の前のものを見ながら、呼吸法を行うとか、音と、視覚の両方をしっかり受け止めているとか、運動しながら数えるとか、カウンセラーの表情を見ながら話の内容を聞いてもらうとか、呼吸法を行っている時に、軽く棒でふれて両方を感じ取るなど、種々の技法がある。
 「視覚的なシーンのある部分に随意的に注意の焦点をあてること」も、庭などを見ていて、視線を移していくことや、視覚、聴覚、呼吸、などに、注意を移していく方法がある。柔軟な心になることを訓練する。
 「ある刺激への反射的な選択反応を抑えること、外界からの干渉刺激を抑制すること」も、呼吸法を行いながら訓練できる。自宅で呼吸法を行っている時に、家族が音をたてても、外からの声が聞こえてきても、反応せずに、呼吸法を行うことで、そのスキルが向上する。まして、心の内にわく「思考」にも反応せずに、呼吸法を継続できるスキルは、ストレス対処法として大きな威力を発揮する。
 「行動の将来における帰結のフィードバックを含めた諸活動の統合機能」は、「機能分析法」の学習と併用することによって、 を推測できるようになるので、将来の結果を正しく(予期不安ではなく、害ある行為の抑制)予測して 、呼吸法で克服したり、価値ある目前の仕事に向かうなどできるようになり、回避や不適切なまぎらし行動をしなくなる。感情にかられて、怒りの言葉を言いたくなるのを抑制できたり、無茶くい、リストカットなどの不適切な行動を抑制できたりする。
 このように、注意による行動の制御には、前頭前野が極めて重要な役割を果たすことが示唆されているが、自己洞察法は、その注意機能を回復、改善する効果があるだろう。そのことによって、うつ病などの精神疾患や、対人不和が改善していくのであろう。
 自己洞察法は、「注意」については、上記のような訓練で、心の病気や対人関係の不和などを治療し、予防する。注意の欠陥による疾患、苦悩は多いから、改善の効果がある。ただし、こういう治療法を信じ、同意し、訓練ができる人でないと効果を期待できない。
 今は、呼吸や感覚などを用いているが、コンピューターの技術を駆使すれば、呼吸法などをできない子供や大人の患者に、注意スキルを訓練する技法を開発できる可能性があるだろう。

(続)
自己洞察法は、「注意の3機能」の向上だけではない。自己洞察法と前頭前野、帯状回、セロトニン神経、自律神経などとの関係を今後も考察していきます。薬物療法によらずに、心理的な部分を変えていくことで、治癒、再発防止をはかることの大切さがわかるでしょう。そういう心理的な課題を実行できない人には、薬物療法が必要であろう。両方を、調和させて、適用させていくことで、最短期間で、治すことが、患者本位の医療でしょう。心理療法は、患者側にも、治療者側にも、長期の忍耐が必要とされる。