うつ病とは=脳神経科学の視点からの「まとめ」

 =なぜ、現在の抗うつ薬では完治しにくいのか
 =心理的ストレスによって産生されたサイトカインが前頭前野にはいりこむ
 =心因性うつ病では、根本となる心理ストレスが解消していなければ、治療中でも、発病前と同様にストレスを受け続ける
 =抗うつ薬を服用しても前頭前野の変調が回復しない場合もある
 =うつ病が治らないと自殺の危険をいつもかかえている

 脳神経科学の研究がすすめられており、うつ病の病理についても、研究されている。これまでに、発表されていることで、うつ病の場合、脳の中に、何が起きているのかということを簡単に要約すると、次のようになる。  現在の抗うつ薬は、(F)(J)(K)に直接作用する(SSRI、SNRI)という薬理作用を持つが、その作用によって、(A)〜(H)の部位の変調が回復するという保証はない。薬がきかない人もいる。ただし、抗うつ薬を投与すると、一度、軽くなる人もいる。
 だが、抗うつ薬だけでは、全く効果がない患者や、再発する患者がいるのは、上記のような脳の種々の部位に変調をきたしているからであろう。
 心因性うつ病が、抗うつ薬だけでは、治りにくい人がいるようだが、うつ病になると、上記のような広い部位に変調が起きて、セロトニン神経、ノルアドレナリン神経への薬理作用だけでは、前頭前野や帯状回、大脳辺縁系への改善効果が弱いのであろう。薬の研究は、今後、そういう方面に作用する薬の開発に向かうだろう。

心理療法が効果のあるうつ病

 特に、患者の苦悩のうち、(A)前頭前野(意欲、注意集中、など)、(B)大脳辺縁系(抑うつ気分、感情)、(D)睡眠障害、身体症状(E,F)などがひどいと、日常生活、仕事や学業に支障をきたすことが多い。
 抗うつ薬で治りにくいうつ病の場合でも、認知行動療法、自己洞察瞑想療法(マインドフルネス心理療法)で、治ることがあるのは、(A)前頭前野、(B)大脳辺縁系、(D)睡眠障害の部位、HPA系やHPT系の変調を回復させようとするからであろう。セロトニン神経だけではなくて、直接、前頭前野などを活性化させたり、大脳辺縁系の感情処理、HPA系の反応のしかたなどを変える心理療法によって、治そうとする。たとえば、運動は前頭前野を活性化させる。呼吸法は「注意集中、思考抑制」などにより、前頭前野を活性化させ、感情を抑制して、大脳辺縁系の亢進を抑制するだろう。朝起き、朝ごはんを食べるなどの「生活指導」は、体内時計の変調の改善、前頭前野へのエネルギー供給などの効果があるだろう。呼吸法を利用した注意集中法、不要機能抑制法、徹底受容法などは、感情やHPA系の亢進を改善するだろう。
 こうした、助言は、薬物療法においては、ほとんど指導されない(詳細に助言したり訓練するには時間がかかるが、診療報酬が小さいために医療関係者が行なう動機に欠ける)。こういう背景もあって、心因性うつ病が、多い中では、うつ病が治らない患者、そのために、自殺する人が多いのだろう。
 薬物療法と心理療法を併用すれば、完治率が飛躍的に高まると推測される。県に1カ所は、そういう指定病院を作ったらいい。
 もちろん、ストレスを与える種々の社会問題(貧困、過重勤務、いじめ、差別、介護支援、虐待、家族内の葛藤、など)の改善も、うつ病の改善に重要なことはいうまでもない。改善されれば、新しい患者の発病が減少するはずだ。通常の健康保険では充分ではないのだから、他の難病と似て、特別の予算を組んで、適切な治療を提供すればいい。うつ病治療率をあげることが、自殺の減少になる。
 だが、発病をゼロにはできないし、一度発病すると、種々の社会問題のストレスから隔離された状況になっても、うつ病が治らない患者もいる(*注)ので、うつ病の薬物療法、心理療法の研究、予防プログラムの開発は重要である。

(*注)たとえば、いじめ、セクハラ、仕事のストレス、過労などで、うつ病になった患者で、そのストレス要因をとりのぞいても、うつ病が治らない患者がいる。いじめられたから、休学させれば、すぐ、うつ病が治るというのではない。仕事のストレスで、うつ病になったから、休職、退職させれば、すぐ治るというわけでもない。抗うつ薬を服用しても、なかなか、治らないこともある。 いったん、脳の部位に起きた変調は、新しいストレスをとりのぞいただけでは、過去のストレスで生じた脳の変調が回復しないうつ病があるようである。従って、社会問題の改善ばかりではなく、傷ついた脳部位、変調を起こした脳部位の回復のための薬物・心理療法の研究も重要である。社会問題の改善と医療の研究の両面から対策をすすめないと、うつ病、自殺はなくならないだろう。