Top
うつ病
うつ病は快情動に関与する背外側前頭前野の機能低下
うつ病は薬物療法で治る人もいるが、治らない人も多く、自殺する人もいる。自殺の減少には、うつ病治療がかかせない。うつ病を治すには、心理療法によるカウンセリングも、長期間かかる。なぜ、薬物療法だけでは治りにくいのか、再発も多いのか。
前の記事では、長期報酬課題について、背外側前頭前野(46野)の機能をみた。
46野(背外側前頭前野)は、ワーキングメモリの機能の中枢である。うつ病になると、このワーキングメモリの機能が、著しく、そこなわれる人がいる。人によって、程度が異なり、長期報酬課題である認知行動療法の課題を自分でできない人がいるが、特に、ワーキングメモリ、前頭前野46野の機能がうまく働かなくなっているせいのようである。うつ病を治すには、この部位の活性化をとりもどさなければならない。抗うつ薬は、セロトニン神経の再取り込み阻害薬であるが、これでも治るということは、前頭前野におきている脳細胞の障害を修復している可能性も示唆されている。だが、抗うつ薬では、治らない患者はどうしたら治せるのだろうか。うつ病を治すには、前頭前野の機能低下を修復させなければいけないことを示唆する研究を、さらに、みてみる。
快情動の時に活性化する46野
不快なことに反応する前部帯状回
うつ病の患者は、前頭前野の機能が低下していることは、研究者の一致する見解である。前頭前野の広い領域の活動低下が推測されるが、広島大学の山脇成人教授によれば、前頭前野の背外側(46野)も機能低下があるようである。
「機能的MRI(fMRI)による語流暢性賦活課題を用いた検討をうつ病患者と健常者で比較した結果、うつ病患者では左前頭前野のブロードマン46野の活動低下が認められた。」(注1)
ワーキングメモリの機能の中枢である前頭前野46野が低活性化ならば、うつ病の人は、仕事ができない、人と会えない、などの症状があらわれるのを、説明できる。こういう機能をはたす脳部位がすばやく回転しないのがうつ病である。参考記事で考察した。
さらに、山脇成人教授の興味ある研究がある。快の時に、活性化するのが、46野である。不快の時に活性化するのが前部帯状回である。
「さらに国際的に快・不快の情動賦活が標準化されたInternational Affective Picture System (IAPS) を用いた快・不快の予測課題を健常者で検討した結果、図4のように快の予測は左前頭前野が、不快の予測は右前頭前野および前部帯状回が優位に活動していることが明らかとなった。
うつ病患者と比較検討したところ、うつ病では快予測に関与する左前頭前野の活動が低下していたのに対し、不快予測に関与する右前頭前野、前部帯状回の活動は亢進しており、不快予測が優位な状態となっているため悲観的思考になることが推測された。」(注2)
図4によれば、快情動の予測は左(背外側)前頭前野と右小脳が、不快情動の予測は右(内側)前頭前野、右扁桃体、前部帯状回、両側後頭回が優位に活動している。
うつ病の患者は、46野の機能が低下するから、ワーキングメモリの機能も低下し、快情動も感じにくいことになる。悲観的、否定的な思考に関与する脳部位が活発である。治療する場合、快を起こすようなこと(笑いが起きること、達成感を感じられる小さなことをする、家族にあいさつする、患者会などに参加して希望を持って陰鬱な時間ばかりで過ごさない、など)をしてもらうとか、ワーキングメモリ機能が使われる技法(呼吸法、ワーキングメモリ機能向上をねらう指運動、など)をたくさん、訓練実行してもらうことが、こうした脳機能の研究成果と一致している。
注意集中法、不要機能抑制法、徹底受容法などを織り込んだ呼吸法、運動や日常生活行動を多くの時間に訓練してもらう。こういう心の使い方は、
- (A)右前頭前野、前部帯状回(情動領域)、扁桃体など不快情動の時に活発に動く部位を使うことを抑制し、
- (B)背外側前頭前野(46野)、帯状回認知領域を使うことを数多く訓練することになっていると思われる。
こうしたことで、(A)の過敏性がおさまり、(B)が活性化して、うつ病が治癒すると思われる。パニック障害も、刺激が起きた時に、不快な発作を予測して、すぐに(A)を使う感情的な短絡行動(回避)が多いのだろうが、マインドフルネス心理療法の技法を多用して、刺激が起きても観察し続けて、回避行動ではない他の建設的行動を記憶の中から選択してくるという(B)の回路が活性化する訓練を重ねる。長く訓練するうちに、不安な場所も回避しなくなり、扁桃体やPAG(中脳水道周辺灰白質)の亢進もしずまり、パニック障害が治癒するのだと思われる。
うつ病も不安障害も、長期間かかるが、長期課題の後に報酬が得られる(苦しみの解決=治る)ということを信じて実行しないと治らないということを、よく肝に銘じて、まず、3カ月、実行することが重要である。治療行動を回避して治らないで苦悩する10年20年を選択するか、めんどうであるが、治る可能性を実感できる3カ月の治療訓練をとるか、患者と家族の判断である(完治までには、もう少しかかるが)。そこでも、本人と家族のワーキングメモリに依存する(家族も長期報酬を信じて、患者が治療することを支援するかどうか)から、やっかいである。
快と不快は、同時には成立しない。帯状回の情動領域と認知領域が、それぞれ活性化する時には、お互いを抑制するためであると思われる。情動領域を使わず、認知領域をたくさん使う訓練を数カ月、行なうことになるのが、マインドフルネス心理療法である。そういう要素は、認知療法にもあるので、うつ病やパニック障害は、認知療法でも治るのだと思う。ただ、マインドフルネス心理療法と認知療法は、用いる技法がかなり異なるので、自分にあう方のカウンセリングを受けてみればいいだろう。こういう心理療法には、患者本人の自発的な訓練が肝心である。それができない人には、入院、合宿方式の他律的なプログラムが効果をあげるだろう。
(参考記事)
(注)
- (1)日本医学会シンポジウム、記録集129号、「うつ病の脳科学的研究:最近の話題」、山脇成人(広島大学)、2005/6/16
- (2)同上、ただし、図4はここには掲載しない。