うつ病は海馬が縮小
=脳由来神経栄養因子(BDNF)
うつ病になると、頭が素早く回転しなくなって、勉強、仕事、会話などが順調に遂行できなくなる。記憶障害が起きる、意欲もない、注意集中できない、喜びを感じない、など
前頭前野の機能が損なわれているが、記憶に関与する海馬の機能低下がある。
新しく記憶したり、昔記憶していたはずの記憶を想起することがむつかしい。
うつ病の患者の海馬の容積が小さくなっているという研究報告がある。心理的な要因によるうつ病は、怒り、不満、嫌悪、悲哀、などのつらい感情が持続することによって起きる。つらい感情が起きる時、扁桃体が亢進して、HPA系が興奮して、副腎から、ストレスホルモン(糖質コルチコイド、コルチゾール)が分泌されるが、それが長期間、持続すると、抑制機能が不全となり、ホルモンが分泌され続けて、海馬をそこなう。うつ病の患者は、海馬が小さくなっている。
「慢性的なストレス下に置かれ長期間にわたって過剰な糖質コルチコイドの暴露を受けることは、本来の合目的性を逸脱して様々な障害をもたらす。その一つが、HPA系のフィードバックシステムの障害と考えられる。実際に、デキサメゾン抑制試験に抵抗(HPA系のフィードバックシステム不良)を示すうつ病患者が多数いることは広く知られている。脳内で最もコルチゾール受容体が発現している部位は海馬だが、近年、HPA系のフィードバックに海馬が重要な役割を果たしている証拠が蓄積している。
脳画像研究では、大うつ病の患者における海馬容積の減少が報告され(Videbech 2004)、海馬容積の縮小と罹病期間に有意な負の相関が認められている(MacQueen 2003, Sheline 1999)。」(1)
海馬が小さくなるのは、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現が少なくなっているためであるようである。
「神経栄養因子は神経の分化やシナプス伝達の調整、シナプス可塑性の調整にかかわっている。」(2)
うつ病の患者は、BDNF(脳由来神経栄養因子)が海馬で少なくなっている。抗うつ薬で、それが増える。心理療法で治してもそうである。
「最近、HPA系の失調と海馬における容積の縮小や構造変化を結ぶ因子として、脳由来神経栄養因子(BDNF)が注目されている。うつ状態を招く様々なストレスはBDNFの発現を低下させ、抗うつ薬、電気けいれん刺激などは逆に発現を上昇させることが数多く報告されている。特に、コルチコステロンの投与でBDNFが減少し、副腎の摘出でBDNFの上昇がみられたことは、HPA系と海馬の連携にBDNFが関与している証拠と考えられる。」(3)
現在、処方される抗うつ薬でも、BDNFを増加させることによって、うつ病が治るように作用するようである。海馬の細胞が増えたり、樹状突起がのびたりして、海馬の機能が活性化すると、HPA系のフィードバック機能も回復するだろう。うつ病は、前頭前野の機能も大きく関係している。海馬の機能回復、前頭前野の機能回復などによって、うつ病が治っていく。
薬物療法で、効果がない患者には、他の療法によって、こうした機能不全の部分を回復させることがその方略となる。アメリカでは、うつ病の行動活性化療法が効果があったと報告されているが、運動は、BDNFを増加させるという研究報告(4)も多い。
運動によって、海馬のBDNFの増加による海馬の神経細胞の回復が効果を発揮するのだろう。さらに、運動は、前頭前野も活性化させる。うつ病患者の前頭前野も容積縮小、機能不全が推測されているので、抗うつ薬で効果がないうつ病患者の一部が、運動で治る。
運動は、激しい運動ではなくて、早めの歩行、水泳、ジョギング、「フリフリグッパー体操」などの、リズム運動でよい。
(注)
(1)「分子生物学」糸川昌成、吉川武男(「日本臨床」2007/9、特集「うつ病」)1603頁
(2)同、「新規抗うつ薬の開発動向」稲田健、1648頁
(3)前掲、「分子生物学」1605頁
(4)前掲、「分子生物学」1604頁