人がこわい=眼窩前頭前野の機能低下?
人にあいたくなくなるのが、うつ病の特徴である。不安障害としての対人恐怖症とは異なる。うつ病の場合、前頭前野の機能障害によるものと考えられる。うつ病の場合は、ワーキングメモリの外側前頭前野、意欲の前部帯状回の変調、HPA系(視床下部ー下垂体ー副腎皮質)、気分に関係する部位など広範な部位に変調がみられますが、うつ病ではなくても、ひきこもる人の中には、コミュニケーションに関係する眼窩前頭前野の機能が低下している人もおられるでしょう。
眼窩前頭前野のトレーニング次第で、軽くなる可能性があることが推測されます。人にあえないという傾向のうつ病の症状がトレーニングによって次第に軽くなるのですから。
<第1>眼窩前頭前野の社会的能力や心理的相互交流
うつ病の人は、前頭前野のコミュニケーション(ToM)遂行領域の機能低下が推測されている。そのために、うつ病になった人は、人にあいたくなくなる。対人関係の回避、「ひきこもり」状況を示すのが特徴である。
うつ病には、前頭前野の変調もあるが障害を受ける程度は患者によって様々でしょう。眼窩前頭前野は社会的能力や心理的相互交流の機能も持つ。社会的能力や心理的相互交流とは、次のような働きである。
「脳機能画像研究によれば、眼窩面は、モラルなどの高次の情動発現や長期的展望に基づいた意思決定を行い、扁桃体を抑制的に制御し、自己を適切な感情に調節しているようである。以上の研究結果より、眼窩前頭葉皮質は、社会的行動を制御し、社会的能力を向上させている領域であると考えられている。
適切な社会的能力や心理的相互交流とは、すなわち他者の意図や集団内の人間関係を適切に把握し、騙されたり、孤立したり、敵を作ったりすることなく、有利な立場に立てるように社会の中で他者と「うまくやっていく」ということである。そのためには、社会の中で生きる重要な能力のひとつであるToM能力、すなわち、与えられた環境に適応し、他者の精神状態を推測し、言外に込められた他者の信念や皮肉を理解し、社会的無作法をすることなく、心理的相互交流を交わす能力が必要とされる。時には、他者への共感とも、心の読みあいともなるこの能力は、ひいては利他的行動、自己の社会的成功のための行為、宗教的行為などの長期的展望に基づいた意思決定による社会的行動となると考えられている。」(1)
他者の精神状態を推測し、言外に込められた他者の信念や皮肉を理解し、社会的無作法をすることなく、心理的相互交流を交わす能力がToM能力であるが、この機能が衰えると、対人コミュニケーションがうまくいかないので、人とコミュニケーションすることを避けるようになる。
<第2>うつ病患者の眼窩前頭前野の機能低下
うつ病の患者では、背外側前頭前野の機能低下が報告されているが、眼窩前頭前野も容積の減少がある。
「日々の生活のなかにストレスがあって、不安を感じる、そして、それが永続的に続いて苦しいーーこれがうつ病ですが、うつ病になると、脳内の前頭眼窩回(がんかかい)のところが小さくなっていきます。症状がひどい場合は、MRIで撮影すれば前頭眼窩回の萎縮がはっきりとわかります。うつ病が改善し、生活への自信が回復していけば、前頭眼窩回はまた大きくなっていくのですが。」(2)
<第3>薬で軽くなっても眼窩前頭前野の機能は低下したまま
うつ病になると、眼窩前頭前野が萎縮していることが多い。うつ病になると、抗うつ薬が使用されるが、薬物療法で、うつ病が軽くなったという段階、「寛解」になっても、眼窩前頭前野の機能が回復しているとは限らない。寛解になってもうつ病者には、ToM能力が欠損している場合があるという。この段階ではまだ復帰がむつかしいでしょう。
「前頭前野は、気分障害の病態生理に重要な役割を演じるとされている。著者らは、寛解した気分障害患者にToM能力の欠損が生じていることを初めて明らかにした。ToM能力の欠損は、心理的相互交流に支障を生じやすくさせ、適応的な生活に破綻を生じることにより、気分障害を引きこしうると考えられる。」(3)
うつ病の人が、薬物療法などで寛解(抑うつ気分などが改善されて軽くなる。完治ではないが)に至っても、なお、前頭前野に脆弱性が残っていて、前頭前野の機能の回復が不十分であると、ストレスのあるところへ復帰すると、うまく考え、行動できないので、苦しみ、再発することが推測される。薬物療法だけで治療を受けたうつ病患者は、再発が多いのはこういうことも背景にあるだろう。寛解に至ったら、外側前頭前野、眼窩前頭前野の機能回復になることをして、完治に導くことが再発を予防するだろう。
<第4>ひきこもりの人も
抑うつ気分や喜びの喪失、その他、多くの症状がないと「うつ病」とは診断されませんが
、うつ病ではなくても、眼窩前頭前野の機能が低下すると、人にあうのをおそれるようにな
るでしょう。対人恐怖症だった人もながびくと、悩むようになり、ストレスホルモンによって眼窩前頭前野が傷つくと、うつ型の対人コミュニケーションの回避を併発するおそれがあります。ひきこもりの人のなかに、そういう複合的な対人コミュニケーションをおそれる事態が起きているかもしれません。
不安障害型、うつ病型のコミュニケーション回避は、電話相談のような支援では解決しないでしょう。長期間のトレーニングが必要でしょう。もう一つすすんだ
解決へのプログラムを開発する社会的な取り組みが遅
れています。
(注)
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(1)「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23 No.6, 2005/6、特集「前頭前野をめぐって」、井上由美子/山田和男/神庭重信(山梨大学)「前頭前野と心理的相互交流」、645頁。
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(2)「バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣」久保田競(京都大学名誉教授)、発行=アスキー、168頁。
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(3)前掲、「前頭前野と心理的相互交流」、647頁。