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治療法の現状と課題
対人弁別練習(IDE)
CBASP=アメリカの新しい心理療法
(慢性うつ病の新療法:CBASP)
第8章 行動を修正するために治療者ー患者関係を用いる
アメリカで開発された慢性うつ病の心理療法の概略をみていく。
第5、8章の「対人弁別練習」(Interpersonal Discrimination Exercise: IDE )は従来のカウンセリングにない手法である。
対人弁別練習( IDE )
面接中の治療者に対して、患者が治療者(カウンセラー)に、嫌な思いをさせる場面(ホットスポット)が起きる。患者が、従来、周囲の人に対してとってきた態度・行動を、治療者に対して向けるから、治療者が不愉快な思いをする。そういうことが患者の対人コミュニケーションがうまくいかない態度・行動だと気がついたら、修正の絶好の機会として、患者に分析してもらう。
「治療者は自分がこれらのホットスポットに巻き込まれたと気づいたら、すでに成立した個人的関与を利用して対人弁別練習(Interpersonal Discrimination Exercise: IDE )を始めることができる。IDEとは、患者に重要他者のネガティブな反応と、治療者のポジティブな行動とを区別することを教えるものである。」(18頁)
「2番目の練習は、対人弁別練習(IDE)と言われるもので、治療者の行動と重要他者の行動とを比較するものである。患者はこれまで誤った扱われ方をされてきた場合が多いので、治療者の促進的な行動とかつての経験とを比較・対照することは困難ではない。」(77頁)
「ほとんどの慢性うつ病患者は重度のうつ状態の時に治療関係み入る。彼らは治療者に拒絶されることを恐れ、以前と似たような方法で虐待されるのではと恐れ、または、もし彼らが治療者に頼ったり信頼するようになると、次には捨てられるのではないかと心配するかもしれない(再び、重要他者との過去の経験が再現されるような方法で)。」(87頁)
だが、患者が、カウンセラーを傷つけるようなことが起きた時、冷静に、その患者の周囲にいた(いる)他者とカウンセラーとは違う態度をしていることを比較してもらう。(カウンセラーは、その時、怒ったのだが虐待も、拒絶も、無視もしないで、会話を続けている)その経験を積むことによって、従来とは違う態度・行動をとるようになる。そうなるためには、それを指摘する必要がある。
「患者が予期した時に拒絶が現れないこと、虐待は起こらないこと、面接内または外における失敗に対して、必ずしも罰せられるものではないこと、治療者は情緒的に必要な時に引き下がりはしないことを学んだ時、変化への動機付けは強化される―しかしそれは、治療者が何が起こったかを明らかにした時のみの場合である。
これがなされなくては、前操作的患者」にあっては負の強化の機会が生かされないし、何が起こったかを見落とし軽視するだけになろう。」(87頁)
IDEの方法は、次のようである。オーウェルは患者の名である。オーウェルが、最近、友人、ジェリーとの対人関係の失敗(はげしいけんかをした)を治療者(カウンセラー)に話した。すると、治療者は「その自分の失敗を母親に話したら、どうなるか」という質問をする。すると、彼は、バカにされた忌まわしい過去を思いだす。
「患者にしばらく、傷つけられた記憶と痛々しい情動をじっくり考えさせた後、この困難な失敗状況を分析した際に示した治療者の反応に焦点を当てて、それを叙述するように治療者はオーウェルに求めた。
最初は、オーウェルは治療者の反応を同定することができなかった。これはよくあることである。慢性うつ病の患者は、破壊的な重要他者と治療者の肯定的な反応の明らかな行動の違いを見逃しがちである。そこで治療者は、オーウェルのジェリーへの行動に対する治療者の反応を振り返り、再び彼の母親から受けたであろうと思われる反応と治療者の反応を比較するように求めた。
オーウェルは、確かにバカにされたこともなかったし、治療者が彼に愚かとか無能であると感じさせなかったことに気がついた。オーウェルがこの練習で学んだことは何であったか。たぶん最も大切なことは、彼の失敗に対して両親がしたようにはみんなが反応しないという知識である。特に、治療者が彼を気にかけているし、彼がミスを犯してもバカにはしないということを彼が学ぶことである。」
(99頁)
こういう練習の繰り返しで、患者は、従来の行動様式とは違う反応を会得していく。
「「こうすれば、ああなる」というような暗黙の世界観がIDEによって明確化されると、破壊的な行動の帰結と促進的な行動の帰結を区別できるようになる。この新しい視点は、すべての人が拒絶者に見えてしまう前操作的なスナップショット的な見方を打ち崩してゆく。」(102頁)
「対人弁別練習が転移問題を露にし、解決に向けた効果的なやり方で使用された時、患者の変容への動機付けは増し、患者はより広い対人的適応性を身につけるであろう。」(106頁)
「「これは過去にあなたが重要な他者に対してしてきた行動様式です(感情や意見を隠す、自分の中に押し込める、引きこもる)。これがあなたが私に対して行ったことです(主張)。そしてその帰結がこれです。恐ろしい状況の結果が変化しているのです!」(193頁)
こうして、慢性うつ病患者の対人関係の行動パターンを変えていくことで、うつ病を回復していく。
治療者を肯定的に判断できない
治療者は、治療者の好意的な態度を患者に確認するようにする。こうした手法をとるのは、慢性うつ病患者は、過去に、肯定的な経験をしたことがなく、肯定的なことを経験しても自覚できなくなっている。治療者(カウンセラー)の良い点を感じることさえできない。
「慢性うつ病患者が、治療者から親切に、暖かく、持続的にサポートを受け、心優しいフィードバックを行ってもらっても、ほぼ例外なしにこれらの素晴らしい行動を認知できないことに、私は繰り返し気づいてきた。また患者は、しばしば、これらの肯定的反応が彼らや彼らと他者との関わりに対してどういう意味があるかを理解することもできない。このように見落としてしまう理由は特に驚くことではない。肯定的人間関係の贈り物が目の前に提供された時にそれを認識できるには、それ以前に同じような贈り物を得たことがあるという先行的な情動経験がなければならない。患者の現在の苦しみは、患者がこれらの肯定的反応に気づくことを邪魔しているのである。
」(201頁)
(大田)
慢性うつ病患者や重症の急性患者は、病気のために、判断力が相当に変わっている。長い間、薬物療法や心理療法を受けて治らず、すっかり、否定的な見方が定着している。よいものにであっても、よいものとは思わない。カウンセラーも信頼しなくなっている。
だから、私は、患者が家族と一緒にカウンセリングにくることをすすめている。カウンセリングが効果がありそうかどうか、患者に判断能力が不十分な場合がある。しばらく、カウンセリングにかよえば、治る可能性があるのにと思うが、「家族が行け、と言ったから、来た」という患者が一人で、来ると、まず、1回だけでやめてしまう。慢性うつ病患者や重症の患者の場合、家族が同行して、家族が、カウンセラーの質、カウンセリングが効果があるかどうか判断するのがよいと思う。
「慢性うつ病の精神療法〜CBASPの理論と技法」
原著者:ジェームズP・マカロウ、
監訳者:古川壽亮(名古屋市立大学)、大野裕、岡本泰昌、鈴木伸一
発行:医学書院、2005/11/1、定価:5775円
CBASP=Congnitive-Behavioral Analysis System of Psychotherapy; 認知行動分析システム精神療法
(慢性うつ病のみに開発された精神療法である)